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「チップをリクエスト」で著者にチップの受け取り設定をお願いできます

正直に言うと、このエッセイを書こうと思ったのは、少し前にメールの整理をしていて、ある1通を見つけたからです。日付は、私のアプリがリリースされてから3週間ほど経ったころのもの。差出人は知らない名前で、件名には「アプリについてご質問があります」とだけ書かれていました。 あのころのLi…
この記事が良かったら
「チップをリクエスト」で著者にチップの受け取り設定をお願いできます
正直に言うと、このエッセイを書こうと思ったのは、少し前にメールの整理をしていて、ある1通を見つけたからです。日付は、私のアプリがリリースされてから3週間ほど経ったころのもの。差出人は知らない名前で、件名には「アプリについてご質問があります」とだけ書かれていました。 あのころのLilyは、正直なところ少し燃え尽きていました。半年かけて作って、自分なりに丁寧に告知もして、それでも反応はひっそりとしたものでした。ダウンロード数の画面を何度も確認して、でも数字はほとんど動かなくて、「誰かに使われているのかな」という不安を抱えながら、何となく次の機能を作り続けていたころです。 そのメールが、私の中の何かを更新してくれました。技術の話でも、マーケティングの話でもなく、もっと地味で、でも私にとってはずっと大事なことに気づかせてくれた体験を、今日は正直に書いてみようと思います。
個人開発をしている人なら、きっとわかってもらえると思うのですが、リリースしてから2、3週間後ってとても不思議な時間です。
作っていた間はずっと「早く世の中に出したい」と思っていたのに、いざ出したら急に手持ち無沙汰になる。告知ポストは書いた。プロダクトハントにも登録した。でも日常に戻ってくると、アプリは静かにそこにあるだけで、誰かが使っているかどうかもよくわからない。
私の場合、シンプルな習慣管理アプリを作っていました。最初は自分のために作り始めたものです。「なんでもできる高機能ツール」をうまく使いこなせなくて、余計な機能が邪魔で、シンプルで自分の流儀に合ったものがほしかった。半年ちょっとかけて、自分が本当に使いたいと思う形に仕上げました。
リリース後しばらくは、毎朝アクセス解析を確認するのが習慣になっていました。数字は増えてはいるけれど、増えているのかどうかよくわからないくらいの速度で。「1日5人がダウンロードしてくれた」を「使われている」と捉えるべきか、「ほぼ誰にも使われていない」と捉えるべきか、正直よくわかりませんでした。
こういうとき、個人開発者はどこへ向かうのでしょう。私の場合は、「次の機能を作ることで不安を紛らわせる」という方向に進んでいました。要るかどうかわからない機能を追加して、使われるかどうかわからないまま、それでも作り続ける。そうしていないと、何かを失う気がして。
3週間目のある朝、そのメールが届きました。
最初に件名を見たとき、「クレームかな」と思いました。個人開発者あるあるだと思うのですが、サポート問い合わせが来ると反射的に身構えてしまいます。「動かない」「バグがある」「返金したい」──そういう内容を想定して、少し気持ちを固めながらメールを開きました。
でも、そこに書かれていたのは全然違うことでした。
そのユーザーさん(仮にKさんとします)は、私のアプリを毎朝の仕事開始前のルーティンに組み込んでいるとのことでした。使い方を読んでいくと、私が想定していた使い方の、2段階くらい先に行っている。
具体的には、私が「ただのチェックボックス」として実装していた項目に、Kさんは独自の意味づけをして、タイトルの書き方をルール化していたんです。その日の気分を先頭の1文字で表して、チェック後の記録として使っていると。そういう「使いこなし方」が、メールにびっしりと書かれていました。
そしてメールの本題は、「この機能、もしあったら嬉しいんですが検討いただけますか?」という、とても丁寧なリクエストでした。クレームじゃなくて、要望でした。しかも、その要望の背景にある「Kさんのこのアプリへの向き合い方」に、私は完全に圧倒されていました。
Kさんのメールを読み終えたあと、私はしばらく画面の前でぼうっとしていました。
全部のコードを書いたのは私です。どの機能がどこにあって、どういう処理をしているか、ぜんぶ知っています。でもKさんは、私がコードを書く段階では一度も想像しなかった方法でアプリを使っていた。私が「ただのチェックボックス」として置いたものを、Kさんは自分の思考や習慣を整理するための道具として、完全に手なずけていた。
「作った側の私」と「使う側のKさん」では、アプリが見えている景色がまったく違うんだ、と気づきました。
私は長い間、「アプリの正しい使い方を知っているのは自分だ」と無意識に思っていました。設計した通りに使ってほしい、想定した流れで動いてほしい、という気持ちが、どこかにあったんだと思います。
でも実際は違っていて、使う人がそれぞれ自分の文脈に引き込んで、自分なりのルールを持って使っていく。そこに作り手が立ち入る余地は、本当は少ないんですよね。私が「こう使ってほしい」と思っていても、Kさんにとっては「こっちのほうが自分に合っている」という使い方が、もっとずっと正解なわけで。
そのことに、私は3週間後にユーザーのメール1本で気づきました。
その日の夜、返信を書きました。
最初は短く「ありがとうございます、ご要望は検討します」で済ませるつもりだったのですが、書き始めたら止まらなくて。Kさんの使い方がどれだけ面白かったか、なんでこのアプリを作ろうと思ったか、自分がどんな課題を感じていたか──そういうことを、気づいたら長々と書いていました。
送った後で「長すぎたかな」と少し後悔したのですが、翌日Kさんからまた返信が来て、今度はKさん自身のことを教えてくれました。フリーランスで働いていること、朝のルーティンが崩れやすくて困っていたこと、このアプリを使い始めてから少し整ってきた気がするということ。
やりとりの中で出てきた要望は、項目の並び替えをもう少し細かく制御できるようにしてほしい、というものでした。
技術的には難しくないけれど、私が「そこまで必要ないかな」と省いていた機能です。でもKさんの使い方を聞いた後では、「これは確かに必要だ」と素直に思えました。2日後に実装して、「入れました」と連絡したら、Kさんから短い返信が来ました。「ありがとうございます、早速使っています」という一言だけ。
その一言が、思ったより何倍もうれしかったです。
このエッセイのタイトルにした「ユーザーに、自分のアプリを教えてもらった日」というのは、比喩ではなくて文字通りの話です。
Kさんのメールを読む前と読んだ後では、私のアプリへの向き合い方が少し変わりました。「自分が作ったもの」という感覚から、「誰かが使っているもの」という感覚へ。自分だけの視野から、使う人がそこに存在するという実感へ。
個人開発を続けていると、「なぜ作っているんだろう」という問いに答えにくくなる時期があります。お金のため? 自分のため? 誰かのため? 明確な答えがないまま手を動かしている時間が、正直けっこう長くあります。
でも、Kさんのメールのような体験をすると、「理由」というものは内側から出てくるだけじゃないんだとわかります。外の誰かから来ることもある。「あなたのアプリ、こんなふうに使っています」という一言が、自分の中の「続ける理由」を補充してくれることがある。
それに気づいてから、私はサポートメールへの向き合い方を変えました。以前は「対処しなければいけないもの」だったのが、今は「どんな使い方をしているんだろう」という好奇心で読めるようになりました。クレームだったとしても、それはアプリを使っている人の声ですから。
Kさんとのやりとりは、最終的に3往復くらいで終わりました。その後もまたひっそりとした時間は続いていて、数字が劇的に伸びたわけでもありません。「あの体験があったから一気に成功しました」というわかりやすいストーリーにはなっていないです。
それでも、作り続けている理由が少し変わりました。誰か1人がそこで使っているかもしれないと思うと、次の機能を考えるときの気持ちが変わります。「これ、Kさんみたいな人に役に立つかな」という問い方ができるようになりました。
個人開発をしているあなたが、このエッセイを読んでいるかもしれません。リリース後のあの静けさの中にいるかもしれないし、続ける理由がぼんやりしてきたころかもしれない。
Kさんのメールが私に来たように、あなたのアプリにも、あなたの知らない使い方で、誰かが使っている可能性があります。その声はいつか、意外な形でやってくるかもしれません。
私はそれを信じながら、もう少し続けてみようと思っています。
Lily(@bokuwalily)― 個人開発者。AIと二人三脚で、iOSアプリやWebサービスを作っています
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Lily(@bokuwalily)― 個人開発者 / AI導入・業務自動化のコンサルタント。AIと二人三脚でiOSアプリやWebサービスを作りながら、企業のAI導入と自動化の相談を受けています
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