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毎年、同じ時期に届きます。件名は「ドメイン更新のご案内」。 差出人は1年前にドメインを登録したあのサービスで、書かれている内容はシンプルです。登録ドメイン名、更新期限、支払い金額。それだけ。読み終えるのに10秒もかかりません。 でも、Lilyはいつもそこで少しだけ止まります。「あ…
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Lily さんへの応援になります
毎年、同じ時期に届きます。件名は「ドメイン更新のご案内」。 差出人は1年前にドメインを登録したあのサービスで、書かれている内容はシンプルです。登録ドメイン名、更新期限、支払い金額。それだけ。読み終えるのに10秒もかかりません。 でも、Lilyはいつもそこで少しだけ止まります。「あれ……まだ続けるんだっけ?」という問いが、2秒か3秒だけ頭の中をよぎるんです。今年も、その2秒がありました。
この感覚、わかってもらえる方はいますか?
ドメインの更新通知は、ある意味でとても正直な存在です。アプリのダッシュボードは数字をきれいに並べてくれるし、SNSでは「よかった!」と言ってくれる人が現れることもある。でも更新通知は、余計なことを何も言いません。「あなたが1年前に登録したこのドメイン、どうしますか?」という事実だけを、静かに持ってくる。
それに加えて、1年という時間のものさしが同時に届きます。1年前の自分はどんな気持ちでこれを取ったんだろう、というのを思い出す、小さな儀式でもあるんです。
Lilyが最初にドメインを取ったのは3年前です。当時は気合いが十分にあって、「これで絶対に何か変えてやる」くらいの気持ちがありました。いま、同じドメインの3回目の更新通知を眺めながら思うのは、「あのころよりずいぶん落ち着いた」ということ。良い意味でも、悪い意味でも。
正直に書きます。去年の更新通知が届いたとき、Lilyは更新しないことを3日間だけ本気で考えました。
理由はシンプルで、リリースから1年半が経ったそのサービスが、思っていたほど広がらなかったからです。ユーザーはいました。使ってくれている人もいた。でも「広がっている」とは言えない状態が続いていて、機能の追加に使った週末の時間を数えるたびに、「これを続ける意味はあるのかな」という気持ちが積み重なっていきました。
ちょうどその時期、レビューに星1つが3件続いて届いたんです。内容はどれも「期待していた機能がない」というもので、Lilyが意図して省いた部分についての指摘でした。それでも、ぐっとくるものがありました。正しい判断だったとわかっていても、ぐっとくるんです。
3日間、毎晩少しだけ考えました。やめたらどうなるか。このドメインを更新しなかったら。サービスは終わる。ユーザーはいなくなる。でも、Lilyは少し楽になるかもしれない——そんなことを、布団の中でぼんやりと。
3日後、更新ボタンを押しました。
理由は「まだ納得できていないから」でした。
「このサービスはここで終わりにしていい」と自分が本当に思えたなら、迷わず終わりにできたと思います。でも正直なところ、まだ諦められていなかった。やれることをやりきった感覚がなかった。
かっこいい理由じゃないし、誰かに胸を張れる言葉でもありません。ただ「まだ納得できていない」という気持ちだけで、更新しました。それだけです。
これ、あるあるだと思うんですが……ドメインの名前って、時間が経つと恥ずかしくなりませんか?
Lilyが最初に取ったドメインは、いま思うとかなりぼんやりした名前でした。当時はいいと思っていたんです。響きが好きで、読みやすくて、これで行こうと決めた。でも1年経つと「なんか微妙だったかも」という気分になってきて、2年経つと「もうちょっと別の名前がよかったかも」と思い始める。
でも変えないんですよ。
面倒だというのもありますが、一番の理由は「すでにそれで覚えてもらっている人がいる」からです。ほんの数十人だとしても。
去年の秋、Lilyがまったく把握していないところでこのサービスが話題に上がっているのを偶然見つけました。複数の方が、SNSやブログで「これ地味にいいよ」と書いてくれていたんです。把握できただけで5件でしたが、全部Lilyが認知していなかった場所での口コミでした。
「地味にいい」という言葉が、なぜかすごく好きでした。大げさじゃなくて、正直な評価だなと思って。以前、ユーザーへの対応について書いた記事(要望を断った日の話)でも触れましたが、こういう予想外の場所からの声が、続ける理由のひとつになることがあります。
そういう人たちが、ドメイン名を覚えてくれているかもしれない。変えたら混乱させてしまう。だから変えない。そう思うようになってから、「変えない」という選択にも意味があると感じるようになりました。
3年更新し続けて気づいたことがあります。
更新のたびに「続けるか否か」の問いを立てていたんですが、ある時期から問いの立て方が変わりました。「続けるか」じゃなく「どう続けるか」を考えるようになったんです。これ、自分の中では地味に大きな転換でした。
以前は「次のアップデートで完成形にしよう」と思っていました。でも「完成形」って来ないんですよね。機能を足すたびに「ここもう少し改善できる」が生まれて、終わりが見えない。
ある月、ユーザーからの問い合わせを全部数えてみたら、1ヶ月で11件ありました。11件全部が違う内容でした。全部に応えようとしたら、計算上1年かかっても終わらない。
それで方針を変えました。「全部応えない。でも、3回以上届いた要望には必ず応える」という基準を決めたんです。問い合わせをメモするだけの習慣を作って、3ヶ月に1回だけ見返す。それだけです。
小さい変化ですが、週末の使い方がずいぶん楽になりました。「全部対応しなきゃ」という重さから解放されたので。やることが減ると、残ったことに集中できる。当たり前の話なんですが、やってみるまで実感できませんでした。
ダウンロード数だけを見ていた時期は、ずっとしんどかったです。なぜかというと、ダウンロードはコントロールできないから。どれだけ頑張っても、ストアのアルゴリズムの機嫌次第で増えたり減ったりする。増えたら「よし」、減ったら「なぜ」と自問する。その繰り返しで、疲れてしまう。
あるとき、追いかける指標をひとつ増やしました。「1ヶ月後にまだ使っている人の割合」です。
最初にその数字を計算したとき、予想より高くて正直驚きました。使い続けてくれている人がいるということは、ダウンロード数が横ばいでも「ちゃんと届いている」という実感になります。その実感が、次の週末に少しだけ手を動かす理由になりました。
数字のすべてを追いかけるのをやめて、自分が信じられる指標を2つか3つに絞る。そうするだけで、だいぶ心が軽くなりました。
今年も通知が届きました。
今年は2秒くらい止まって、すぐに更新しました。去年みたいに3日間悩まなかったのは、「まだ納得できていない」という気持ちが変わらず続いているからだと思います。去年よりも少し、自分の中での答えが固まってきた感覚があります。
更新料は年間2,000円ちょっとです。外食1回分くらい。それだけのコストで「まだやれる」という確認ができるなら、安いものだなと思うようになりました。以前は「お金がかかっている」というプレッシャーを感じていましたが、いまは「続けていいよという許可を、自分に与えている」くらいの気持ちで受け取っています。
もうひとつ、正直に書きます。
以前は「更新しないこと=失敗を認めること」みたいな感覚が少しあったと思います。だから続けていた部分もあった。「諦めるのが怖いから続ける」という、あまり健全じゃない動機。
でも今は、やめるときにはやめます、という気持ちがあります。やりきったと思えたとき、きれいに終わりにすればいい。それができるようになってから、「続ける」という選択が少し軽くなりました。
逃げないために続けるんじゃなく、まだやってみたいから続ける。それだけの理由で、今年も更新ボタンを押しました。
個人で何かを作って公開している方は、きっと似たような通知を受け取ったことがあると思います。
「続けるか?」という問いへの答えは、誰も教えてくれません。ダウンロード数でも、レビューの星の数でも、ない。最終的には「自分がまだやってみたいか」というところに帰ってくるんだと思います。
更新しないことも、立派な選択です。「やりきった」と思えたなら、それは十分な理由だと思います。Lilyはたまたままだそこに届いていないから、今年も更新しただけです。
もしあなたも今、迷いながら更新ボタンの前に立っているなら——2秒くらい止まっても大丈夫です。Lilyも毎年止まっています。止まって、考えて、それでも押す。それの繰り返しで、3年経ちました。
来年も、たぶんまた同じ通知が届きます。そのとき自分がどう感じるか、ちょっとだけ楽しみにしています。
Lily(@bokuwalily)― 個人開発者。AIと二人三脚で、iOSアプリやWebサービスを作っています
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Lily(@bokuwalily)― マーケ組織50名規模を統括するCMOを経て、いまは個人でiOSアプリやWebサービスを作っています。集客・導線設計と、AI導入・業務自動化の相談を受けています
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