この記事が良かったら
Lily さんへの応援になります

これを書いているのは、少し恥ずかしい話をしたいからです。個人開発を始めて最初の半年間、Lilyはずっと「いつかやめよう」と思いながら開発を続けていました。リリースしたアプリのダッシュボードを毎朝確認しては、増えない数字を見つめて静かに気持ちを折る、という習慣が身についていたころの…
この記事が良かったら
Lily さんへの応援になります
これを書いているのは、少し恥ずかしい話をしたいからです。個人開発を始めて最初の半年間、Lilyはずっと「いつかやめよう」と思いながら開発を続けていました。リリースしたアプリのダッシュボードを毎朝確認しては、増えない数字を見つめて静かに気持ちを折る、という習慣が身についていたころのことです。 あのころ、誰かに話したとしても「そんなものだよ」と言われるだけだとわかっていたので、話しませんでした。個人開発をしている人なら、きっとこの感覚に少し心当たりがあるのではないでしょうか。周囲から見れば「趣味でやってること」でも、自分の中では全力を出していて、その結果が数字に出ないとき、誰かに聞かせるほどでもないのに、静かにきつい。 このエッセイは、そういう夜に届いた一通のDMの話です。大袈裟なターニングポイントではありません。ただ、見知らぬ誰かの短い一言が、Lilyの開発に対する向き合い方を変えた、その話を正直に書いておきたいと思いました。
アプリをリリースしたのは、桜が散りかけたころです。朝4時まで最後のバグを直して、震える手でデプロイボタンを押しました。「できた」という達成感よりも、「これで終わった」という安堵のほうが大きかったのを覚えています。
リリース直後の数日間は、少し動きがありました。Xでポストしたのを見てくれた知り合いが5、6人試してくれて、「使ってみたよ」とリプライがきました。その人たちのフィードバックで小さな修正を2件入れて、また静かになりました。問題は、その後です。
リリースから1ヶ月後、月間アクティブユーザーは12人でした。2ヶ月後、11人。3ヶ月後、9人。知人の初速がなくなると、じわじわと減っていきました。
Lilyは毎週ちょっとした改善を続けていました。UIの細かい調整、読み込み速度の改善、新しい設定項目の追加。でも数字は動かない。ダッシュボードを開くたびに、「この数字を誰かに見せたら恥ずかしいな」と思うようになっていきました。
3ヶ月が経ったある週末、スプレッドシートを開いて、これまでにかかった時間を計算しました。週平均15時間、13週間で195時間。それだけの時間を使って、今アクティブなのは9人。1人あたり21時間以上かけている計算です。
数字を眺めながら、「そろそろ畳んでもいいかな」と初めて声に出して言いました。誰もいない部屋で、独り言として。
「やめる」と決断するのは意外と難しいことです。大げさに「撤退宣言」をするわけでもなく、ただ更新頻度が落ちて、ダッシュボードを見る回数が減って、気づいたら触らなくなっている。そういう終わり方をするアプリを、Lilyはいくつか知っていました。自分のアプリも、そうなりかけていました。
畳むにしても、せめてちゃんとした告知くらいはしようと思いました。リリースのときに応援してくれた人たちへの礼儀として。その夜、告知文の下書きを書き始めました。「長らくご利用いただきありがとうございました」という書き出しで。
書きながら、妙な気持ちになりました。「長らく」って何ヶ月のことを指しているのか。「ご利用いただきありがとう」と言えるほど、誰かに使われていたのか。9人のアクティブユーザーは、本当に今も使っているのか、それともアカウントだけ作ったまま忘れているのか。
よくわからないまま、下書きを保存して、その夜は寝ました。
翌朝、スマートフォンのロック画面にDMの通知がありました。アプリ内のメッセージ機能ではなく、Xへのダイレクトメッセージです。送り主は、フォロワーでも知り合いでもない、まったく知らないアカウントでした。
文面はこうでした。
「毎朝の習慣に使っています。シンプルで好きです。」
以上です。絵文字もなし、敬語もなし、質問もなし。ただそれだけ。
Lilyは、しばらくそのDMを読み返しました。「毎朝」という言葉が、妙に頭に残りました。毎朝。ということは、この人の朝のルーティンの中に、Lilyのアプリがあるということです。
9人というのは、Lilyにとってずっと「少ない数」でした。でも送り主にとっては関係のない話です。その人は毎朝、アプリを開いている。Lilyのことを知らなくても、開発の裏側を知らなくても、自分の朝のために静かに使い続けている。
当たり前のことかもしれませんが、そのとき初めて「使われている」という感覚が、実感として届きました。ダッシュボードの「9」は数字でしたが、このDMは人でした。
Lilyはすぐに返信を書きました。
「使ってくださってありがとうございます。毎朝、と聞いてうれしかったです。これからも続けます。」
送信ボタンを押してから、「続けます」と書いたことに気づきました。昨夜は告知文の下書きを書いていたのに。
その週から、Lilyは開発の中で一つだけ変えました。新機能の追加より先に、「今使っている人が困っていないか」を確認する時間を週1回設けることにしたのです。
具体的には、アプリ内のエラーログを確認して、よく使われている画面とそうでない画面の差を眺める。それだけです。地味な作業です。でも「9人がいる」とわかってからは、その9人のことを想像しながらログを見られるようになりました。
翌月、月間アクティブユーザーは11人に戻りました。DMを送ってくれた人が引き続き使ってくれているのかどうかはわかりません。でも、ダッシュボードの数字だけを見て一喜一憂することが、少し減った気がします。
個人開発は、基本的に孤独です。チームがいないので、「今日のリリースどうだった?」と雑談する相手もいない。うまくいかなくても、よくいっても、自分の中で完結することが多い。
Lilyはその孤独が好きでもあるのですが、裏を返せば、外から何かが届く機会が極端に少ない。ユーザーの反応は数字になって現れますが、数字は感情を持っていません。「増えた」「減った」はわかっても、「なぜ使っているのか」「どう使っているのか」は届かない。
だからこそ、あの一文が刺さったのだと思います。「毎朝の習慣に使っています」という、ただそれだけの事実が。
あのDM以降、Lilyは「誰かの生活に使われている」ということを、数字とは別に意識するようにしました。月間アクティブユーザーが100人になっても1,000人になっても、その人たちはみんな、何らかの理由でアプリを開いている。それは当たり前のことではなく、ちゃんとしたことです。
個人開発をやめようとしている人がいたら、Lilyがお伝えしたいことは一つだけです。「続けろ」でも「頑張れ」でもなく、ただ一度だけ、アクティブユーザーに直接聞いてみてほしい、ということです。メッセージ機能でも、問い合わせフォームでも、Xの通知欄でも。「使ってみてどうですか」と。
返ってくるかどうかはわかりません。でも、返ってきたとき、数字がどれだけ小さくても、続けるかどうかの判断が変わるかもしれない。少なくとも、Lilyにとってはそうでした。
このエッセイのまとめとして「やめなくてよかった」と書くのは簡単です。でもLilyはそれを言えないでいます。
あのまま告知文を完成させて、きちんとクローズしていたとしても、それはそれで正しい選択だったかもしれない。続けることが常に正解ではないし、やめることは失敗でもない。3ヶ月で195時間をかけて、9人に届いたという事実は、やめる理由にも続ける理由にもなり得ます。
ただ、LilyにとってあのDMは、「もう少し見ていてもいいかな」と思う理由になりました。それで十分でした。
開発を続けているみなさんも、きっとそれぞれの「もう少し」を持って、今日もアイデアをメモしたり、ダッシュボードを眺めたり、誰かに見せるかどうか迷ったりしていると思います。
その「もう少し」が、どこかから届くといいなと、Lilyは思っています。
Lily(@bokuwalily)― 個人開発者。AIと二人三脚で、iOSアプリやWebサービスを作っています
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Lily(@bokuwalily)― マーケ組織50名規模を統括するCMOを経て、いまは個人でiOSアプリやWebサービスを作っています。集客・導線設計と、AI導入・業務自動化の相談を受けています
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