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あの朝、スマートフォンを開いた瞬間のことは、今でも鮮明に覚えています。 いつものようにXのタイムラインを流し見していると、見慣れないアプリのスクリーンショットが目に飛び込んできました。「新機能リリース:テンプレートから自動スケジュール生成」というキャプション。思わず指を止めて、画…
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Lily さんへの応援になります
あの朝、スマートフォンを開いた瞬間のことは、今でも鮮明に覚えています。 いつものようにXのタイムラインを流し見していると、見慣れないアプリのスクリーンショットが目に飛び込んできました。「新機能リリース:テンプレートから自動スケジュール生成」というキャプション。思わず指を止めて、画面を拡大して、もう一度読み直しました。私が3ヶ月かけてノートに設計を書き溜めていた、まさにその機能だったからです。 悔しい、というより最初は「え、これ、本当に?」という茫然とした感覚でした。でも夢ではありませんでした。2025年11月11日の火曜日の朝、それは現実として目の前にありました。今日は、あの日から何を感じ、何を考え、何を変えたかを、同じように個人開発をしている方へ向けて正直に書いてみたいと思います。
その日リリースしたのは、私が以前から把握していた同ジャンルのタスク管理系アプリでした。開発者はひとりで、私と同じくXで進捗をちょこちょこ発信しているタイプの方でした。普段は「同じフィールドにいる仲間」くらいの認識で、特別に意識はしていませんでした。
でも、その朝投稿されたリリースノートを読んで、固まりました。スケジュールのテンプレ化、繰り返しタスクの自動生成、カスタムインターバル設定——私がメモアプリに書き殴ってきた機能要件と、驚くほど重なっていたのです。
その後、アプリをダウンロードして実際に触ってみました。これが一番きつかったです。「ちょっと違う」ならまだよかったのですが、UXの設計思想までよく似ていて、「私も同じ方向を見ていた」という事実が突きつけられた感じでした。
リリースされた翌日には、35件を超えるポジティブなレビューがついていました。「これが欲しかった」「ずっと待ってた」というコメントが並んでいて、読みながら複雑な気持ちになりました。欲しかったのに、それ、作っていたのに、と。
最初の数時間は、正直あまり仕事が手につきませんでした。コードを開いても、設計書を見ても、「これをやる意味があるのかな」という気持ちがどこかにちらついて、集中できませんでした。
でも夜になって少し落ち着いたところで、「この悔しさって、具体的に何に対してなのか」と考え始めました。感情を言語化して分解する癖が、個人開発を続けているうちについたのだと思います。
整理してみると、悔しさは大きく3層に分かれていました。
ひとつ目は「スピードで負けた」という感覚。同じアイデアを持っていたのに、相手が先に動いて、先に届けた。自分がもっと早く動けばよかったという後悔が混じっています。
ふたつ目は「可視化されてしまった」という悔しさ。競合がリリースして35件のレビューがついたということは、需要があることが誰の目にも見える形で証明されてしまった。自分のアイデアが正しかったと証明されると同時に、「出せなかった」という事実も同時に証明された感じでした。
みっつ目は「自分への悔しさ」。「もう少し完成度を上げてから」「もう少し設計を詰めてから」と先延ばしにしてきた自分への苛立ちです。これが一番じわじわとくる悔しさでした。
この分解作業をしていたとき、ふと気づいたことがありました。悔しさの奥に、もうひとつの感情が混ざっている、という感覚です。そしてその感情が、のちに自分の動き方を変えていくことになりました。
その感情は——安堵でした。
「やっぱり需要があった」という感覚です。私が3ヶ月間、半信半疑で温め続けていたアイデア。「本当にこれを欲しがる人がいるのかな」「自分だけが便利だと思っているだけかもしれない」という不安は、ずっとそこにありました。
でも、競合がリリースして35件のレビューが集まったという事実は、その不安をひとつ消してくれました。「需要はある」ということが、第三者の実績によって証明されたのです。自分の感覚は間違っていなかった。それがはっきりしたことへの、奇妙な安堵でした。
この安堵の感情を掘り下げていくと、もうひとつの見方が出てきました。競合は、私の代わりに「市場検証」をしてくれた、という視点です。
個人開発において、「誰かが使ってくれるか」の検証は本当に難しいです。作って出してみないとわからない。でも先行事例があれば、その不確実性がひとつ減ります。「すでに人が使っている」という地図が、先行者によって描かれた。あとは自分がどこで差別化するかを考えればいい。
もちろん、悔しさが消えたわけではありません。でも「ゼロから証明しなくていい状況」に変わったとも言える。この見方に切り替えることで、少し前に進める気がしました。
気持ちが落ち着いてきた翌週から、いくつかのことを変えました。大それた戦略転換ではなく、「だったらこうしよう」という小さな修正ばかりです。
それまでの私は「完成してから出す」という姿勢でした。バグがあってはいけない、UIが整っていないと出せない、機能が揃ってから——という考え方です。
でも今回の件で、「先に出す」ことのコストよりも「出さないでいる」ことのコストの方が大きいと気づきました。それ以降は、「使えるかどうか」を基準にして、80%の完成度でも公開する方針に変えました。フィードバックは後から受けられる。でも先を越されたら、その機会は戻ってきません。
競合のアプリをひと通り触ってみて、「ここが惜しいな」と感じた点が3カ所ありました。UIの視認性、複数デバイス間の同期タイミング、そして通知のカスタマイズ性です。
これらは、私が設計段階から重視していた部分でもありました。つまり、競合が「同じ方向」を向きながら「少し届かなかったところ」が、私の差別化になり得る。「先を越された」ではなく「差分が見えた」と捉え直して、設計を一部修正しました。
以前は競合を、どこか「潰す相手」のように捉えていた気がします。でも今は「同じ問いを持って、先を走っている人」という見方に変わりました。ゼロサムではなく、同じ課題を一緒に育てていく感覚です。
その方のリリースノートを毎週チェックするようになりましたし、ユーザーレビューも参考にしています。競合の成功が、私の設計に直接フィードバックされるようになりました。
あれから9ヶ月が経ちました。私の機能はまだリリースできていませんが、設計は当時よりずっと具体的になっています。
途中で「もうやめようかな」と思ったことも、正直1回ではありません。でも続けているのは、あの朝の安堵の感覚を忘れないからだと思っています。「需要はある」という確信は、今も動いていません。競合のユーザーレビューを読むたびに、「ここを解決したい人がいる」という手触りが更新されていきます。
個人開発を続けることの難しさは、孤独に信じ続けることだと思います。誰かに背中を押してもらえるわけでもなく、数字が出なくても作り続ける。その信念の燃料として、「競合が証明してくれた需要」は今も機能しています。
温めていたアイデアを先に出されたとき、一番つらいのは「自分のアイデアが盗まれた」という感覚ではないかもしれません。本当につらいのは、「あの行動を起こせなかった自分」への後悔だと、私は感じました。
でも、その後悔は使えます。「次はもっと早く動こう」という具体的な燃料になります。悔しさを「やはり需要があった」という安堵に変換して、差分を見つけて、一歩だけ動く。大きな逆転劇じゃなくていい。それが今の私にできることです。
先に出された、あのアイデア。それはもう誰かのものになりましたが、同じ問いを持ち続けて、別の形で届ける——それが個人開発者としての返答だと思っています。一緒に続けていきましょう。
Lily(@bokuwalily)― 個人開発者。AIと二人三脚で、iOSアプリやWebサービスを作っています
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Lily(@bokuwalily)― マーケ組織50名規模を統括するCMOを経て、いまは個人でiOSアプリやWebサービスを作っています。集客・導線設計と、AI導入・業務自動化の相談を受けています
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