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「チップをリクエスト」で著者にチップの受け取り設定をお願いできます

アプリを作り終えたとき、最初に感じるのは達成感よりも、どこか気まずい感覚です。 仕様書も書かず、ユーザーインタビューもせず、ただ「自分が困っているから」という理由だけで手を動かし続けて、気がつくと画面が生まれています。その画面をぼんやり眺めていると、ふと思うことがあります。これ、…
この記事が良かったら
「チップをリクエスト」で著者にチップの受け取り設定をお願いできます
アプリを作り終えたとき、最初に感じるのは達成感よりも、どこか気まずい感覚です。 仕様書も書かず、ユーザーインタビューもせず、ただ「自分が困っているから」という理由だけで手を動かし続けて、気がつくと画面が生まれています。その画面をぼんやり眺めていると、ふと思うことがあります。これ、自分の性格がそのまま出てるな、と。 このエッセイは、アプリを作るという行為が、気づかないうちに「自分を知る作業」になっていた、という話です。技術の話ではありません。個人で何かを作り続けている人なら、きっとどこかで覚えがある感覚を、正直に書いていこうと思います。
Lilyがはじめてまともなアプリを作ったのは、日常のちょっとした不便を解消したかったからでした。タスク管理ツールでもメモアプリでも、既製品はたくさんあるのに、なぜか全部しっくりこない。「だったら自分で作ろう」。個人開発をしている人なら誰でも一度は踏む、あの最初の一歩です。
最初の数週間は純粋に楽しかったです。「こんな機能があったらいい」を思いつくまま実装して、自分だけが使う画面を育てていく。誰かに評価されるわけでもなく、締め切りもなく、ただ作りたいものを作る時間。
でも、ある程度形になってきたころ、少し変な感覚が生まれてきました。
アプリの設計を振り返ってみると、意識的に選んだつもりのない判断が、あちこちに積み重なっていました。たとえば、通知機能を後回しにし続けたこと。「あとで実装すればいい」と思いながら、結局3ヶ月間まったく手をつけませんでした。
なぜ後回しにしたのか、改めて考えてみると、答えは単純でした。通知が来ること自体が、自分は苦手なんです。スマートフォンの通知も、チャットのバッジも、ほとんどオフにして生きているくらいには。意識していなかったけれど、アプリの設計に自分の価値観がそのまま滲み出ていました。
数ヶ月後、同じくソロで開発をしている友人のタナカさん(仮名)に、作りかけのアプリを見せる機会がありました。フィードバックをもらうというよりは、「ちょっと見てよ」という軽い気持ちで。
タナカさんは画面を一通り触ったあと、こう言いました。「これ、Lilyが使うためのアプリだよね。他の人が使うことは、あまり考えてなさそう」。
正直、少しムッとしました。「一般向けに使えるように作ってるつもり」と返したのですが、タナカさんはにっこり笑って「でもオンボーディングないし、エラーメッセージは全部専門的だし、設定項目が多すぎて初見は絶対迷う」と続けました。
全部その通りでした。
このとき初めて気づいたのですが、「誰かのために作る」と言いながら、実際には自分が使いやすいものだけを作っていました。自分が当たり前に知っていることは説明せず、自分が不要だと感じる画面は省き、自分が好きな構成を選んでいた。
「課題解決」というきれいな言葉を使っていたけれど、実態は「自分の課題を、自分流に解決した、自分専用のツール」だったんです。
タナカさんの一言をきっかけに、その後Lilyはオンボーディング画面を17画面分、ゼロから書き直しました。何も知らないユーザーが初めて触れる前提で、順を追って説明する構成に変えたんです。作業は地味でしんどかったけれど、その過程で「自分はいかに『わかってる前提』で話しているか」を、身をもって感じました。アプリを直しながら、自分の癖を知っていた時間でした。
個人開発をしていると、たいていメモやログが溜まります。「これうまくいかなかった」「なんで動かないんだろう」という走り書きが、ファイルやノートにごちゃごちゃと残っていく。
あるとき、半年分のメモを読み返す機会があって、そこで気づいたことがありました。同じパターンの失敗を、何度も繰り返していたんです。
Lilyの失敗ログに繰り返し登場するのは「細部を詰める前に次の機能に手を出してしまった」という文言でした。ざっくり実装して「あとで直す」と書いておいて、その「あとで」が永遠に来ない。
これは、アプリ開発に限った話じゃありませんでした。日常の片付け、読みかけの本、半分まで書いた手紙。ざっと終わらせて、詰めの作業が苦手。アプリの失敗ログが、自分の人生全体の傾向を教えてくれていました。
なんとなく知っていたようで、これほどはっきり見せられたのは初めてでした。
じゃあその癖をなくすのか、というと、そうは思っていません。「詰める前に飽きる」傾向があるなら、詰める必要がないくらい最初から小さく作ればいい。1機能を完成させてからリリースして、次の機能を足していく形にしました。開発スタイルを、癖に合わせた、という感じです。
自分の傾向を知ることは、自分を直すためじゃなく、自分に合う方法を見つけるためだと、このとき初めて腑に落ちました。
個人開発は孤独な作業です。ひとりで考えて、ひとりで実装して、ひとりで悩む。その孤独はむしろ好きだったりするのですが、問題は「孤独だと鏡が曇る」ことです。
自分だけで完結していると、気づかないうちに思い込みが固まっていく。タナカさんのフィードバックがなければ、Lilyは「ちゃんと一般向けに作れてる」と信じ込んだまま進んでいたと思います。
リリース後にも、同じような体験がありました。まったく想定していなかった使い方をしている人が現れたんです。Lilyが「この機能はAのために使うものだ」と思っていた箇所を、まったく別の目的で活用していました。最初は「使い方が違う」と思いそうになったのですが、その人に話を聞いてみると、その使い方のほうが理にかなっていました。
Lilyの「正しい使い方」は、Lilyの頭の中だけにあった幻想だったんです。誰かに見せ、使ってもらうことで、自分の思い込みの輪郭が見えてくる。これが、アプリ開発が自己理解に繋がる、いちばん直接的な瞬間だと思っています。
履歴書や自己PRは、うまくまとめようとするから、どこかきれいすぎます。でも、自分で作ったアプリには、フィルターがかかりません。
設計の優先順位、後回しにした機能、力を入れすぎた細部、手を抜いたUI。全部、作った人の性格と価値観と、その時点での本音が滲み出ています。
個人開発コミュニティで色々な人のアプリを見るとき、Lilyは最近、その「滲み出ている部分」がいちばん面白いと感じます。技術スタックより、どんな機能を「あえて入れなかったか」のほうが、作り手のことをよく教えてくれる気がします。
「自分の作るものに自分が出る」と聞くと、なんだか怖い感じがするかもしれません。Lilyも最初はそう思っていました。癖が出てしまうなら、うまく隠さなきゃいけないんじゃないか、と。
でも今は逆だと思っています。鏡に映った自分を見るのは、恥ずかしいことじゃなくて、ただの情報なんです。この傾向がある、この価値観がある、だからこういう設計になる。知っておいて損はないし、知ることで次の作り方が変わる。
カウンセリングや自己分析のワークシートは、短い時間で「自分を知る」方法として存在しています。それはそれで意味があると思います。
でも、個人開発をしている人には、すでに別の方法があります。作り続けること。失敗して、直して、誰かに見せて、また直す。この繰り返しが、気づいたら何ヶ月も何年も積み重なって、最終的に「あ、自分ってこういう人間だ」という輪郭が少しずつ見えてくる。
急がなくていいし、きれいにまとめなくていいです。作りながら知っていけばいい。
タナカさんに「自分専用ツールだよね」と言われたあの日から、Lilyはアプリを少しずつ変えてきました。変えたのはアプリだけじゃなくて、自分の思い込みと向き合う習慣も、一緒に変わっていきました。
鏡は、磨けば磨くほどよく見えます。作り続けることは、鏡を磨き続けることだと、今は思っています。あなたが今作っているものも、きっとどこかで同じことを教えてくれると思います。
Lily(@bokuwalily)― 個人開発者。AIと二人三脚で、iOSアプリやWebサービスを作っています
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Lily(@bokuwalily)― マーケ組織50名規模を統括するCMOを経て、いまは個人でiOSアプリやWebサービスを作っています。集客・導線設計と、AI導入・業務自動化の相談を受けています
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