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Lily さんへの応援になります

夜中の2時ごろに寝落ちして、朝の7時に目が覚めました。枕元のスマホを手に取り、いつものようにメールを確認しようとしたそのとき、見慣れないタイトルの通知が一件混じっていることに気づきました。 それは、売上通知でした。 金額は少なくて、コーヒー1杯分にもなりません。でも、そのとき感じ…
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Lily さんへの応援になります
夜中の2時ごろに寝落ちして、朝の7時に目が覚めました。枕元のスマホを手に取り、いつものようにメールを確認しようとしたそのとき、見慣れないタイトルの通知が一件混じっていることに気づきました。 それは、売上通知でした。 金額は少なくて、コーヒー1杯分にもなりません。でも、そのとき感じた「あ、Lilyがいない間もちゃんと動いていたんだ」という静かな驚きは、今もはっきり覚えています。あれからしばらく経って、ふと思い出したのでここに書いておきたくなりました。技術的な話でも、成功体験の自慢でもなく、あの朝感じたことをそのまま正直に。
個人開発を本格的に始めたのは、1年ほど前のことです。本業の仕事をしながら、夜と週末に少しずつ時間を作っていました。最初のきっかけは「自分で何か作りたい」という漠然とした気持ちで、明確な目標とか戦略とか、そういうものはあまりありませんでした。
ただ、正直に言うと「いつかお金を生みたい」という気持ちもありました。不労所得とか、寝ている間に稼ぐとか、そういうキャッチーな言葉を見て、軽い気持ちで憧れていたのは本当のことです。でも当時のLilyには、それが何を意味するのか、どんな感触なのか、まるでわかっていませんでした。言葉として知っているだけで、実感はまったくない。そういう状態でした。
最初の数ヶ月は、とにかく作ることが楽しくて仕方ありませんでした。アイデアが浮かぶたびにノートに書き留めて、少しずつ形にしていきました。寝不足になりながらも、画面に向かっている時間がなぜか充実していて、疲れているのに満たされているという不思議な感覚がありました。
でも、作ること自体は楽しいのに、誰にも使われていない。そのことに気づいたとき、少しだけ空気が抜けた感じがしました。「誰かに届けたい」という気持ちと「とりあえず作りたい」という気持ちが、頭の中でちぐはぐにからまっていたんだと思います。
半年ほどかけて作ったものを、はじめてリリースしたのは去年の初夏のことです。深夜に公開ボタンを押して、そのままドキドキしながら寝ました。翌朝、ダウンロード数は「1」でした。それがLily自身だとわかっていたので、実質ゼロです。
その後も、1週間、2週間と経ちましたが、数字はほとんど動きませんでした。SNSに投稿したり、個人開発のコミュニティに書き込んだりと、できる範囲で試してみましたが、大きな変化はありませんでした。
もどかしかったのは、作ったものが悪いのか、伝え方が悪いのか、それともそもそも需要がないのか、原因がよくわからないことでした。反応がないと、何を直せばいいのかも見えてきません。「もっとこうすれば良かった」というフィードバックならまだ動けますが、静寂のままだと手の出しようがない。
このあたりで、個人開発をしている多くの方が経験するであろう「あの虚しさ」を知りました。作る喜びと、届かない現実のギャップ。もう少し続けようと思いながら、少しずつ更新の頻度が落ちていきました。自分でも気づかないうちに、作業が「義務感」に変わり始めていました。
夏を過ぎたころ、やり方を少し変えてみました。大きな改善ではなくて、本当に小さな変化です。説明文を書き直して、見せ方を少し整えて、タイトルのどこにどんな言葉を置くかを見直しました。それだけです。
劇的な変化ではありませんでした。でも、1日1人、2人と少しずつ使ってくれる人が出てきて、ときどき感想のメッセージが届くようになりました。「使いやすいです」「助かりました」という一言一言が、当時のLilyには本当に嬉しかったです。数字の大きさよりも、人がそこにいることが感じられる、あの感触。
売上が初めて立ったのは、それから少し後のことです。有料プランを選んでくれた人がいました。通知を見たとき、Lilyはしばらくぼーっとしていました。嬉しいというよりも、まず驚いて、それからじわじわと「本当に使ってくれる人がいたんだ」という実感が来ました。
金額は500円でした。でも、そのとき感じた重みは、額面以上のものでした。Lilyが作ったものに、誰かが価値を感じてくれた。その事実が、心の奥の方にすとんと落ちる感じがしました。
そして冒頭の話に戻ります。あの朝の売上通知です。
その夜、Lilyは特に何もしていませんでした。仕事終わりに少し作業しようと思ってパソコンを開いたものの、疲れていてそのまま寝てしまいました。布団の中でスマホをいじりながら、気づいたら朝になっていました。意図的な「作業の夜」でさえなく、ただ疲れていたから寝てしまった、という夜でした。
目が覚めて最初に見たのが、あの通知です。
不思議な感覚がありました。Lilyが寝ている間に、知らない誰かが夜中に見つけてくれて、試してくれて、選んでくれた。自分がパソコンの前にいなくても、何かが動いていた。
個人開発に興味を持ったころ、「寝ている間に稼ぐ」という言葉に憧れていたと書きました。でもあの朝、その言葉がはじめて実感として腑に落ちたとき、思っていたのとは少し違う感情がありました。
お金が入った、という話ではなかったのです。正確には、「自分がいなくても、自分が作ったものが誰かの役に立っていた」という感覚でした。その静かな驚きは、しばらく胸の中に残りました。
あの朝から、個人開発への向き合い方が少しだけ変わった気がします。以前は「作ることが楽しい」という気持ちと「誰かに届いてほしい」という気持ちが、どこかちぐはぐで、うまくひとつにまとまらない感じがしていました。作ることに夢中になりながら、一方でちゃんと届いているかどうかが気になって、数字を見ては一喜一憂して。
でも、あの朝以来、少し落ち着いた感じがあります。作ったものは、Lilyが起きている間だけ動くわけじゃない。丁寧に作って、ちゃんと届く場所に置いておけば、自分が寝ていても、別のことをしていても、誰かに届く可能性がある。
それだけのことなのですが、なぜかその単純な事実が、じわりと心に沁みました。
もうひとつ気づいたことがあります。あの売上通知を受け取ったとき、Lilyがしていたのは「寝ること」でした。何か特別な施策をしていたわけでも、夜中に作業していたわけでもない。ただ疲れていたから寝ていた。
それでも誰かに届いていた。
これは、作ることへのプレッシャーを少し和らげてくれました。完璧なものを作らなくても、毎日何かを発信し続けなくても、今の自分が作れるものを丁寧に作って置いておけばいい。焦らなくていい、というより、焦っても焦らなくても、動くときは動くし、動かないときは動かない。自分の手を離れた後のことは、自分にはコントロールできない。
それに気づいてから、少し楽になりました。肩の力が抜けた感じ、とでも言うのでしょうか。義務感だった作業が、またすこし楽しくなってきた気がします。
いまでもまだLilyの個人開発は小さなものです。大きな売上があるわけでも、たくさんの人が使ってくれているわけでもありません。週末に少し作業して、気が向いたら発信して、それを続けています。あの夜のように、疲れて寝てしまうこともあります。
あの朝の通知は、今でも時々思い出します。あのときの静かな驚きと、じわりとした温かさを。
個人開発をしている人に、特に大きなことを伝えたいわけではありません。ただ、もし「誰にも届いていない」と感じている人がいたら、少しだけ続けてみてほしいと思っています。売れるとか売れないとか、バズるかどうかとか、そういうことよりも前に、あなたが作ったものが、誰かの夜中に静かに届く可能性がある、ということを。
Lilyがそれを知ったのは、寝落ちした朝のことでした。
Lily(@bokuwalily)― 個人開発者。AIと二人三脚で、iOSアプリやWebサービスを作っています
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Lily(@bokuwalily)― マーケ組織50名規模を統括するCMOを経て、いまは個人でiOSアプリやWebサービスを作っています。集客・導線設計と、AI導入・業務自動化の相談を受けています
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