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「チップをリクエスト」で著者にチップの受け取り設定をお願いできます

1スターのレビューが届いたのは、アプリをリリースしてからちょうど3週間目の夜のことでした。 夜遅く、作業を終えてストアの管理画面を開いたとき、「新しいレビューが届きました」という通知に気づきました。いつもなら少し緊張しながらも期待して開くのですが、その夜はなぜかゆっくりタップしま…
この記事が良かったら
「チップをリクエスト」で著者にチップの受け取り設定をお願いできます
1スターのレビューが届いたのは、アプリをリリースしてからちょうど3週間目の夜のことでした。 夜遅く、作業を終えてストアの管理画面を開いたとき、「新しいレビューが届きました」という通知に気づきました。いつもなら少し緊張しながらも期待して開くのですが、その夜はなぜかゆっくりタップしました。直感だったのかもしれません。 画面に表示された文章は、たった1行でした。「通知が来ない。何のためのアプリかわからない。最悪」。星はひとつ。Lilyはしばらく、その画面の前で固まっていました。反論しようとして、でも何も出てこなかった。それがすべての始まりです。
レビューを読んで最初に感じたのは、怒りでも悲しみでもなく、「ああ、そうだよな」という静かな諦めでした。
このアプリは、スケジュールされたタスクを自動でリマインドしてくれる小さなツールで、Lilyが自分の作業管理のために作ったものです。便利かもしれないと思って公開してみたのですが、実は通知の届き方に問題があることは、公開前から薄々気づいていました。特定の時間帯に処理が集中すると、一部の通知がキューから溢れて届かなくなる、という挙動が起きていたのです。
でも、Lilyは「まあ、自分はそこまで大量に使わないし」と判断して、そのまま公開ボタンを押しました。
1スターのレビューはそこを、正確に突いていました。「通知が来ない」という言葉は、Lilyが見て見ぬふりをしていた問題そのものでした。だから反論できなかった。間違いではなかったからです。
「最悪」という言葉は、乱暴に見えます。でも、その乱暴さの裏には、期待して試してみたのに動かなかった、という経験があります。誰かが時間を使って試してくれた。そして失望した。Lilyがそれを想像したとき、胸のあたりに重いものを感じました。
管理画面を閉じた後も、その1行は頭から離れませんでした。夜寝るときも、翌朝起きたときも。
翌朝、コーヒーを飲みながらもう一度そのレビューを開きました。夜よりも少し冷静に読めたけれど、刺さる度合いは変わりませんでした。むしろ、昼の光の中で読み直す方が痛かった。
なぜかというと、「自分でも知っていたのに、見て見ぬふりをしていた」という事実が、より鮮明に見えてきたからです。
リリース前のテスト中、通知が遅延したり届かなかったりするケースが何度かありました。原因もある程度わかっていました。処理を管理する設定ファイルの中で、同時に処理できる数の上限を低く設定しすぎていたことが原因でした。その数値をほんの少し変えるだけで、ほぼ解消される問題でした。
でも、Lilyはそれをしませんでした。
「自分が使う分には問題ない」「本格的に使うユーザーはそんなに来ないだろう」「あとで直せばいい」——そういった言い訳を少しずつ積み重ねて、公開ボタンを押してしまった。
後ろめたさというのは、誰かに指摘されて初めて生まれるわけじゃないんだと、このとき気づきました。すでに自分の中にあったものが、外からの言葉によって可視化される。それがレビューというものの怖さでもあり、正直さでもあると思います。
後ろめたいのに、でもすぐには直しませんでした。
レビューを読んでから2日間、Lilyはそのバグに触れませんでした。エディタを開くたびに、別の作業を始めてしまいます。「今日は疲れているから」「先にこっちを片付けてから」——言い訳は無限に出てきます。
振り返ってみると、Lilyは「直す価値があるかどうか」を問い続けていたんだと思います。
「たった1人のレビューだし」「そもそも無料のアプリだし」「通知が届かなくても誰かが深刻に困るほどのものじゃないし」——そうやって、問題の重さを小さく見せようとしていました。
でも本当のことを言えば、直すのが怖かったのだと思います。
直すということは、「確かにそこは欠陥でした」と認めることです。対外的にではなく、自分自身に対して。自分が作ったものに不備があったと自覚することへの怖さが、行動を止めていました。
個人開発をしていると、「そのうち直そう」という言葉を何度も使います。Lilyもよく使います。でも、この言葉はかなり危険です。「そのうち」には期限がないので、優先度がどんどん下がっていく。他の作業に追われているうちに、そのファイルを開くこと自体が億劫になってきます。
あの1スターのレビューは、そのループを断ち切る出来事でした。
3日目の夕方、ようやくLilyはそのファイルを開きました。
急に覚悟が決まったわけじゃありません。ただ、考え続けるのに疲れてきたのかもしれません。「どうするか」を悩み続けるコストが、「とにかくやってしまう」コストを超えた感覚、とでも言えばいいのか。
開いてみたら、問題の箇所はすぐに見つかりました。設定ファイルの中の、たった1行です。同時に処理できる数の上限を管理している数値を、1から5に変える。それだけの修正でした。
5分もかかりませんでした。
あのときの気持ちを、なんと表現すればいいかわかりません。情けなさ、というのが一番近いかもしれません。3日間悩んで、消耗して、いろんな言い訳を積み上げ続けて、ようやく手をつけたら5分で終わった。それだけのことでした。
でも同時に、どこかすっきりした気持ちもありました。問題を知りながら放置し続けた重さが、少し軽くなった感じ。
修正をリリースしてから1週間後、また新しいレビューが届きました。「ちゃんと通知来た、シンプルで使いやすい」という短い文章で、星は4つでした。
それ以降、数字として変化が見えてきました。修正前のレビュー平均は★1.8(3件)でしたが、修正後の2週間で★3.6(9件)まで上がりました。同じアプリです。変えたのは設定の数値1つだけです。
でも、評価が上がったことより大きかったのは、自分の中の何かが変わったことです。
修正を入れた後、Lilyは管理画面を開くことへの構えがなくなりました。以前はレビューを確認するたびに、何か悪いことが書いてあるんじゃないかと怖かった。その怖さは、既知の問題を放置していた後ろめたさからきていたんだと、修正してから初めて気づきました。
問題を抱えているときと、向き合ってから後では、同じアプリでも全然違うものに見えます。自分のプロダクトへの信頼度とでも言えばいいのか。「これ、大丈夫かな」ではなく「これ、大丈夫なはず」と思えるようになった違いは、思った以上に大きいものでした。
あのレビューを書いた人は、今もLilyのアプリを使っているかどうかわかりません。修正があったことに気づいているかどうかも。
でも、あの1行がなければ、Lilyはまだ「そのうち直そう」を繰り返していたかもしれません。辛辣な言葉は、優しい言葉よりも伝わることがある。それは、受け取る側が反論できないときに限りますが。
個人開発をしていると、自分のプロダクトへの愛着と、その欠点への鈍感さが、気づかないうちに共存しています。誰かが「これ、ダメだよ」と言ってくれることは、実はとても貴重なことです。言ってもらえなければ、知っていてもずっと見ないふりができてしまう。
Lilyが今でも鮮明に覚えているのは、あのレビューを読んで「言い返せない」と感じた瞬間です。その感覚は正直でした。その正直さに気づけたことが、3日後に手を動かす理由になりました。
1スターは正しかったです。Lilyがずっと見て見ぬふりをしていた事実を、たった1行で正確に言葉にしてくれていました。
まだ直せていない部分が、別にもあります。たぶん次の指摘が来るまで、気づかないふりをし続けている部分が。でも今回の経験があるから、次は少しだけ早く向き合えると思っています。
Lily(@bokuwalily)― 個人開発者。AIと二人三脚で、iOSアプリやWebサービスを作っています
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Lily(@bokuwalily)― 個人開発者 / AI導入・業務自動化のコンサルタント。AIと二人三脚でiOSアプリやWebサービスを作りながら、企業のAI導入と自動化の相談を受けています
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