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「チップをリクエスト」で著者にチップの受け取り設定をお願いできます

数ヶ月ぶりに、ちゃんと眠れなかった夜がありました。 布団の中でスマートフォンを握りしめながら、さっき検索した画面をまた開いて、また閉じて、また開いて。そこには、私が何ヶ月もかけて作ってきたものと、恐ろしいほど似たサービスがありました。 「もう終わりだ」って、本気で思いました。あの…
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「チップをリクエスト」で著者にチップの受け取り設定をお願いできます
数ヶ月ぶりに、ちゃんと眠れなかった夜がありました。 布団の中でスマートフォンを握りしめながら、さっき検索した画面をまた開いて、また閉じて、また開いて。そこには、私が何ヶ月もかけて作ってきたものと、恐ろしいほど似たサービスがありました。 「もう終わりだ」って、本気で思いました。あのとき感じた重さを、どう言葉にすればいいかわからないまま今日まで来てしまったのですが、やっと少し落ち着いて話せる気がするので、書いてみようと思います。同じ経験をしたことがある方、あるいは今まさにそういう状況にいる方に、届いたらいいなと思っています。
あれは確か、リリースに向けて最後の仕上げをしていた頃でした。
サービスの説明文をどう書くか悩んでいて、参考にしようと思って何気なく検索窓にキーワードを打ち込みました。競合調査というほど大げさなものではなく、本当にただの気まぐれです。
そのときに出てきたのが、見た瞬間に「あ、これだ」と思ったサービスでした。
UIは違います。対象ユーザーも少し違います。でも、根本的な「解きたい問題」が同じで、提供している体験の骨格が、私が何ヶ月もかけて設計してきたものと、ほぼ重なっていました。しかも、向こうはすでにユーザーが何百人もいる。SNSでの言及も多い。レビューも積み上がっている。
私のサービスはまだ、誰にも触れてもらっていませんでした。
その夜は、コードを書く気にも、ドキュメントを書く気にも、なれませんでした。ただパソコンの画面を見つめたまま、「もう意味がないんじゃないか」という気持ちだけが、ゆっくりと大きくなっていきました。
翌朝になってから、気持ちを整理しようとしたのですが、やっぱり落ち込んだままでした。
なんというか、「先を越された」という感覚が強くて。私が問題だと感じてきたことは、すでに誰かに解決されていた。私がずっと頭の中で温めてきたものは、実はもう世界に存在していた。そう思うと、これまで費やした時間が、ぜんぶ霧の中に消えていくような感じがしました。
技術的に特別なことをしていたわけではありません。マーケットを深く調べてから始めたわけでもありません。ただ、「自分が使いたいものがない」という感覚から出発して、作り続けてきただけです。だからこそ、同じものがすでにあるとわかったとき、足元が崩れる感じがしたのだと思います。
そこからしばらく、泥沼のような日々が続きました。
競合のサービスを毎日のように開いて、自分のものと比べてしまうんです。相手の強み、相手のUIの洗練度、相手のレビューの数、相手のSNSのフォロワー数。見るたびに「やっぱり勝てない」という気持ちになって、でもやめられない。
相手のユーザー数や評価数が目に入るたびに、自分の積み上げてきたものがちっぽけに見えてしまいました。
「でも向こうには〇〇がない」「うちにはこういう特徴がある」と自分を励ましてみても、どこかで「でも後発だし、知名度もゼロだし」という声が打ち消してくるんです。
一番しんどかったのは、「これを続けていいのか」という疑問が消えなかったことです。作ることへの情熱はあるのに、「作る意味があるのか」という疑問が、その情熱に蓋をしてしまっていました。
ある夜、久しぶりにノートを開いて、「なぜ自分はこれを作り始めたんだっけ」と書いてみました。
頭の中だけで考えていると堂々巡りになってしまうので、紙に書き出してみたんです。
出てきたのは、意外とシンプルなことでした。
「自分が不便だと思っていたことを、解消したかった。」 「自分みたいな人が、もう少し楽になればいいと思った。」 「作ることが好きで、完成したものを誰かに届けてみたかった。」
これを読み返したとき、「あ、競合がいても、これは変わらないな」と気づきました。
競合が存在するということは、その課題にニーズがあるという証明でもあります。私はそれを長い間「先を越された」とだけ解釈していたのですが、見方を変えれば「自分が目をつけた問題は、本物だった」ということでもあるんですよね。
それに、同じ目的地に向かっても、道は一本じゃない。
競合のサービスを使ってみると(はい、使ってみました)、確かに似ているけれど、自分が「ここが嫌だな」「もう少しこうだったら」と感じる箇所が、いくつかありました。それはそのまま、自分が作るものの輪郭になると思ったんです。
もう一つ気づいたのは、自分が想定しているユーザー像が、競合とは微妙にずれているということでした。
競合が「広く使いやすい」方向性だとすれば、私は「特定の人にとってちょうどいい」ものを目指していた。ターゲットが違えば、同じ問題を解くサービスでも、ぜんぜん違うものになる。
「競合がいる」ことを理由にやめるより、「誰に届けたいか」を明確にして進む方が、ずっと意味があると思えてきました。
気持ちが少し整理されたとき、「じゃあ、まず何をするか」を考えました。
大きなことをしようとすると、また気が重くなりそうだったので、本当に小さなことから再開することにしました。
まず、競合サービスのレビューを丁寧に読み直しました。「ここがよかった」という声より、「ここが惜しい」「ここをもっとこうしてほしい」という声を特に集めて、メモに書き出しました。
次に、自分が最初に「不便だ」と感じたシーンを、もう一度具体的に書き直しました。どんな状況で、何を使っていて、何が足りなかったのか。
それをやっているうちに、「自分が届けたいのはこういう人なんだ」という像が、前よりも少しクリアになってきました。
気持ちが落ちているとき、「このサービスを使ってほしい人の顔を思い浮かべる」という話を、別の個人開発者の方のブログで読んだことがあります。
試しにやってみると、これが意外と効きました。
抽象的な「ユーザー」ではなく、「こういう状況で、こういうことに困っている、あの感じの人」をイメージすると、「その人のためなら続けられるかもしれない」という気持ちが、じわじわと戻ってきました。
数字と比べていたときとは、全然違う感覚でした。
今振り返ると、あの夜の発見は、タイミング的にはつらかったけれど、気づきとしては必要なものだったと思っています。
一番よかったのは、「ニーズがある」と確認できたことです。個人開発って、作り始めると「本当にこれを求めている人がいるのか」という不安がずっとあります。競合の存在は、皮肉なことに、その不安に対する一番わかりやすい答えでした。
次によかったのは、差別化を考える機会になったことです。競合と漠然と比べていた頃は、どうしても「劣っている点」ばかり目についていました。でも「何が違うのか」を真剣に考えるようになってから、自分のサービスの「ここだけは譲れない部分」が少しずつ見えてきました。
そして、これが一番大きかったのですが、「自分が作る動機」をもう一度確認できたことです。競合を見つけたあの夜まで、私は漠然と作り続けていました。あの夜があったから、「なぜ作るのか」を言語化する機会ができた。それはある意味で、贈り物だったかもしれないと今は思っています。
正直に言うと、今もまだサービスはリリースできていません。
あの夜から立て直して、少しずつ作り続けていますが、競合を気にしてしまう日もあります。「本当に誰かに使ってもらえるのか」という不安が消えない日もあります。
でも、以前と違うのは、「なぜ作るのか」が、自分の中でちゃんと言葉になっていることです。
競合と同じものを作ろうとしているのではなく、自分が感じた不便さを、自分が届けたいと思う誰かに向けて解消しようとしている。その動機は、今でも本物だと思っています。
心が折れかけたことは、何度もあります。これからもたぶんあると思います。でも、折れかけるたびに、あのノートに書いたことを読み返して、また小さく一歩進んでいこうと思っています。
同じような場所で立ち止まっている方がいたら、一緒に、ゆっくり続けましょう。
Lily(@bokuwalily)― 個人開発者。AIと二人三脚で、iOSアプリやWebサービスを作っています