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「チップをリクエスト」で著者にチップの受け取り設定をお願いできます

アプリをリリースしたとき、私は心のどこかで「誰かが使ってくれる」と信じていました。リジェクトされながら、バグを直しながら、何ヶ月もかけて作り上げたものを世に出した日。通知が来るたびにスマホを手に取って、でも来たのはほとんどの場合、自分のテストユーザーからの通知だけでした。 最初の…
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「チップをリクエスト」で著者にチップの受け取り設定をお願いできます
アプリをリリースしたとき、私は心のどこかで「誰かが使ってくれる」と信じていました。リジェクトされながら、バグを直しながら、何ヶ月もかけて作り上げたものを世に出した日。通知が来るたびにスマホを手に取って、でも来たのはほとんどの場合、自分のテストユーザーからの通知だけでした。 最初の一週間、一ヶ月、三ヶ月。ダウンロード数は一桁から動きませんでした。それも大半は友人へのお願いで、正直に言えば「ちゃんと使ってほしくてお願いしたわけじゃない」というものばかり。「どう?」と聞かれると「まあまあだよ」と答えながら、内心では笑ってほしくなかったのかもしれません。 これはそんな、誰にも言えなかった半年間の話です。惨めで、でも今思えば一番大切だった時期のことを、正直に書こうと思います。
公開ボタンを押した瞬間は、本当に気持ちよかったです。審査を通過した通知が来て、ストアで自分のアプリを検索して、ちゃんと出ていることを確認して。スクリーンショットを撮って、SNSに「リリースしました!」と投稿して、おめでとうのコメントが並んで。
あの夜は、なんとなく眠れませんでした。嬉しくて、というよりも、待ち続けていたものが終わってしまったような、不思議な空虚感がありました。達成感というより、「あれ、これで終わりじゃなかったんだ」という感覚、とでも言うのでしょうか。
翌朝、Analyticsを開きました。インプレッション数は百数十。ダウンロードはゼロ。
「……そうか」と思いながら、コーヒーを飲みました。まあ初日だし、と言い聞かせながら。
一週間後も、ダウンロード数は一桁でした。ほぼ自分のインストール分と、お願いして入れてもらった数件。
面白いのは、そのことを誰にも言えなかったことです。「どうなの?」と聞かれれば「ぼちぼち」と言いました。SNSに詳細を投稿することもしませんでした。恥ずかしかったのだと思います。「リリースしました」と言ったあとに「でも誰も使ってないです」とは言いにくい。
代わりに私がしていたのは、毎朝自分でアプリを開くことでした。
本来の使い方通りに使って、「ここ、ちょっと押しにくいな」とか「この文言、なんか違う気がする」とか、そういう小さな感想をメモしていました。最初は義務感のような気持ちで開いていました。数字が増えないことへの罪悪感のようなもので、「せめて自分だけでも使い続けよう」と。リリース前は「使ってほしい」と思っていたのに、いざリリースしたら「使ってもらえなくていい、でも自分だけは使い続けよう」になっていたのが、今思えば少し可笑しい気もします。
二ヶ月目あたりから、気づき方が変わってきました。
毎日使っていると、最初は見えなかったものが見えてきます。「この画面、三回に一回は同じ手順を踏んでいるな」とか、「通知が来ても開かない日があるな、それはなぜだろう」とか。アンケートや口頭のフィードバックでは絶対に出てこない、「日常の中に埋め込まれた小さな違和感」です。
開発中は見えないんですよね、こういうの。作っている側は「使い方がわかっている状態」でテストするので、わかりにくいところに気づきにくい。でも毎日使っていると、自分がだんだん「普通のユーザー」に近づいていくんです。作った人じゃなく、使う人として画面を見られるようになる感覚が、二ヶ月目からじわじわと出てきました。
三ヶ月目、仲のいい友人に会いました。「アプリ、その後どう?」と聞かれて、「うーん、まだ全然伸びてないかな」と正直に言ったら、「え、なんで?いいじゃん、ちゃんと使えるし」と言ってくれました。
その「いいじゃん」が、当時の私には素直に受け取れませんでした。
「でも誰も使ってないじゃん」という言葉が喉の手前まで来て、出てこなかった。「いいじゃん」って言ってくれてるのに、それを否定するような「実は全然ダメなんです」を言う勇気がなかったんです。
ここで気づいたのが、「誰にも言えない」という状態は、恥ずかしさだけじゃないということです。誰かに言ったら、現実になってしまう気がしていました。「失敗したかもしれない」という可能性を、言葉にしたくなかった。曖昧なままにしておけば、まだ「保留中」でいられる。そういう感覚があったんだと思います。
あの頃の自分を「惨め」と表現しましたが、今思えば少し違います。惨めというより、「保留中」だった気がします。
ダメだとわかったわけじゃない。でも成功してるとも言えない。どっちでもない状態で、でも毎日アプリを開いて、メモして、ちょこちょことアップデートして。そういう日々でした。傷ついていたわけでもなく、投げ出したわけでもなく、ただ静かにそこにいた、という感じです。
五ヶ月目、小さな変化がありました。
それまで全く動いていなかったダウンロード数が、ある日突然、一日で十件を超えました。何が起きたかというと、誰かがSNSで紹介してくれていたんです。フォロワーが特別多いわけでもない方が、自分のタイムラインで「これ使ってみたら良かった」とさらっと書いてくださっていた。
そこから少しずつ口コミが広がって、六ヶ月目にはレビューが数件ついていました。
レビューを読みながら、気づいたことがあります。褒めていただいた部分のほとんどが、あの「誰も使っていない期間」に自分で使いながら直した箇所だったんです。
「操作がシンプルで迷わない」——これは毎朝使いながら「ここ一手多いな」と感じて直した導線の話でした。「通知のタイミングがちょうどいい」——これも、自分が「この時間に来ると煩わしい」と感じてチューニングした結果でした。あの孤独な半年が、そのままレビューの言葉になって戻ってきていました。
個人開発者が「テストユーザー」を集めようとするとき、大抵は友人にお願いします。友人は優しいので、使いにくくてもあまり言ってくれない。「なんか使いにくいな」と思っても、「まあいっか」で閉じてしまう。それは仕方のないことです。義理で使っているものに、正直なフィードバックを出すのは難しい。
でも自分は、毎日使い続ける理由がありました。作ったものだから、という責任感と、数字が来ない焦りと、それでも「よくしたい」という気持ちと。その三つが重なって、私は誰よりも正直なユーザーになっていました。どんなに小さな違和感も、逃さず拾えていたのは、使うことを止める理由がなかったからだと思います。
もう一つ気づいたのは、あの静かな時期にしか積み上げられないものがある、ということです。
ユーザーが増えると、フィードバックが来ます。要望も来ます。方向性を議論する機会も増えます。それはありがたいことだし、大事なことです。でも同時に、自分の感覚だけで静かに改善できる時間は、どんどん減っていきます。「こうしてほしい」という声に応えることと、「自分がこうしたい」という感覚を磨くことは、少し別のことなんです。
「ユーザーが来る前の時期」は、一見すると何も起きていない期間に見えます。でも実際には、誰にも邪魔されずに「自分がどんなものを作りたいのか」と向き合える、唯一の時間だったんだと思います。
今でも少し後悔しているのは、あの頃もっと正直に話せば良かったということです。
「ユーザーいないんですよね」と笑いながら言える個人開発者の人を、私は羨ましく思っていました。でも自分にはできなかった。出したものが受け入れられないことへの恐れが、話す言葉を止めていました。今になって思えば、正直に言えていたら少し楽になれたかもしれない。同じ状況にいる誰かと、言葉を分け合えたかもしれない。
ただ、そのおかげで私はあの期間、誰かの評価を気にせずに、ひたすら自分の感覚とアプリとだけ向き合い続けられました。数字がないと、ごまかせないんです。「反応がいいから」「バズったから」という理由でやることが何もないので、自分が本当に「これでいいと思うか」という問いとだけ向き合い続けるしかない。それはきつかったけれど、多分一番誠実な時間でした。
もしあなたも今、リリースしたのに誰も使っていない、という状況にいるなら。惨めだと感じているなら。私はそれが「何かが起きている時間」だと思っています。
自分だけのユーザーとして、毎日正直に使い続けてみてください。そのメモが、半年後、一年後に「良かった理由」として言葉になって返ってくるはずです。私にとってはそうでした。
Lily(@bokuwalily)― 個人開発者。AIと二人三脚で、iOSアプリやWebサービスを作っています