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「チップをリクエスト」で著者にチップの受け取り設定をお願いできます

個人開発をしていると、ある日突然、手が止まります。コードが書けないとか、バグが直せないとかじゃなくて、もっとぼんやりとした「止まり方」。画面の前に座ってはいるんだけど、何もできない。カーソルが点滅したままで、気づくと30分が過ぎていた、みたいな感覚、ありませんか。 Lilyも何度…
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「チップをリクエスト」で著者にチップの受け取り設定をお願いできます
個人開発をしていると、ある日突然、手が止まります。コードが書けないとか、バグが直せないとかじゃなくて、もっとぼんやりとした「止まり方」。画面の前に座ってはいるんだけど、何もできない。カーソルが点滅したままで、気づくと30分が過ぎていた、みたいな感覚、ありませんか。 Lilyも何度もそういう瞬間がありました。プロダクトを一人でコツコツ作っている中で、技術的な行き詰まりよりも、気持ちの行き詰まりのほうがずっと多かったし、ずっと長く続いた気がします。 この記事は、そういう「気持ちで詰まった話」です。技術的な解決策は書きません。ただ、Lilyが実際に手が止まったときに何をしたか、どうやって少しずつ動けるようになったか、正直に書いてみます。同じように詰まっている誰かの参考になれば嬉しいです。
最初は技術的な問題だと思っていました。「実装の方法がわからないから止まっている」「この機能どうやって作ればいいかわからないから動けない」って。
でも、よく考えてみると、そうじゃないことが多かったんです。調べれば方法はわかる。ドキュメントもある。参考になるものだってある。それなのに動けない。なんで?
しばらく考えて気づいたのは、止まっているのは「手」じゃなくて「頭の中」だということでした。「これを作っていいのかな」「こんな機能誰も使わないんじゃないかな」「もっといいやり方があるんじゃないかな」——そういう判断の手前でぐるぐるしていて、作るところまでたどり着けていなかったんです。
個人開発って、全部自分で決めないといけないんですよね。方向性も、仕様も、デザインも。会社にいれば誰かが「とりあえずこれで行こう」と言ってくれる。チームがあれば誰かが背中を押してくれる。でも一人だと、ぜんぶ自分で決める必要があって、その「決める」というステップがものすごく重くなりがちです。
Lilyの場合、特に悩んでいたのは「これでいいのか」という感覚でした。作り始めるとちゃんと動くし、使えるものは作れる。でも「もっといい方法があるんじゃないか」「本当にこれが必要か」という疑問が頭から離れなくて、作りながらも止まる、みたいな不思議な状態になっていました。
詰まりの中で一番きついのは、「もう少しで完成するのに動けない」という状況でした。
機能の80%はできている。あとは細かい調整と、最後の仕上げをするだけ。なのに、なぜかそのラスト20%が何日も、時には何週間も手つかずのままになる——心当たりある方、いませんか。
これ、Lilyも長いこと悩んでいました。なんで最後が一番重いんだろう、って。
答えは単純で、「出すのが怖かった」んだと思います。完成していない状態はまだ守られている。「開発中だから」という言い訳がある。でもリリースしたら、反応が見える。使われない可能性がある。「誰も使わなかった」という現実と向き合わなきゃいけなくなる。
完成させないことで、「もしかしたらうまくいくかもしれない」という可能性を守っていた気がします。箱を開けなければ、まだ夢を見ていられる、みたいな。でも当然、それだと何も前に進まないんですよね。
詰まってくると、自分を責め始めます。「なんで動けないんだろう」「こんなことも続けられないのか」「向いてないんじゃないか」——この内なる批判が始まると、余計に動けなくなるんです。
動けない → 自分を責める → 余計に動けなくなる → もっと責める、というスパイラル。Lilyもこれにはまって、しばらく何もできない時期がありました。
完全な解決策はないし、誰にでも使える魔法もない。それでも、Lilyがやってみてちょっとましになった方法を正直に書いてみます。
一番効いたのは、「完成させなくていいから何かを出す」と決めることでした。
完成形じゃなくていい。80%でも60%でもいい。バグが残っていてもいい。ただ、「出す」という行為そのものをやってみる。
最初は怖かったです。でも出してみると、意外と世界は終わりませんでした。誰かが使ってくれた。「こんな機能があると嬉しい」という声をもらった。完成形だと思っていたものより、その半完成品のほうが誰かの役に立っていたりして、拍子抜けしたこともあります。
別の方法は、詰まっているプロダクトをいったん横に置いて、全然関係ない小さなものを作ることでした。
1日か2日でできるくらいの、ものすごく小さなもの。完成形がはっきり見えていて、すぐに終わるやつ。
これの何がいいかというと、「作れた」という感覚を取り戻せることです。詰まっているときは「自分は作れないんだ」という気持ちになりやすい。でも小さくても何かを完成させると、「あ、自分作れるじゃん」と少し思えてくる。その感覚が、また元のプロダクトに向き合うエネルギーをくれることがありました。
もうひとつ、地味に効いたのがこれです。
詰まっているとき、タスクが多すぎてどこから手をつければいいかわからない状態になっていることが多かった。そこで「今日やらないこと」を決めることにしました。「このUIの改善は今日じゃなくていい」「この機能は今週じゃなくていい」という具合に。
やることを決めるんじゃなくて、やらないことを決める。これだけで、「今日はここだけやればいい」という感覚になって、少し動けるようになりました。
一人で作っているとどうしても頭の中だけで完結しようとするんですが、誰かに話すと状況が変わることがよくあります。
Lilyは詰まっているとき、コミュニティのスレッドや進捗共有の場に「詰まってます」と書くようにしていました。解決策を求めているわけじゃなくて、ただ言語化する、それだけ。
言葉にしてみると、「あれ、こんな単純なことで止まってたの?」と気づくことがよくあります。頭の中でぐるぐるしていたものが、文字にしたとたんに輪郭が見えてくる感じ。
誰かに「わかるー」と言ってもらえると、それだけで少し楽になる。孤独な作業だからこそ、その一言がすごく救いになるんですよね。
以前は「詰まっています」と言うのが恥ずかしかったです。自分だけ進んでいないような気がして、弱みを見せているような気がして。
でも実際に言ってみると、みんな同じように詰まっているし、誰もそれを「弱い」とは思わない。むしろ「自分も同じ!」という声のほうが多かった。詰まっていることを言語化して共有するのは、弱さじゃなくて正直さなんだと思えるようになりました。
詰まったとき、最初は全部同じ「詰まり」に見えていたんですが、よく観察してみると種類があることに気づきました。
技術的な詰まり:やり方がわからない、調べ方がわからない。これは検索したり、誰かに聞いたりすれば大抵解決します。
判断の詰まり:方向性が決められない、どれが正解かわからない。これは情報を集めても解決しないことが多い。ある程度で「えいや」と決めるしかないやつです。
気力の詰まり:やる気が出ない、疲れている。これは休むしかない。無理に動こうとしても空回りするだけです。
この3種類、対処がぜんぜん違います。技術的な詰まりには調べることが有効だけど、気力の詰まりに調べることは何の解決にもならない。むしろ余計疲れる。
詰まったとき、まず「今自分はどの種類で詰まっているんだろう?」と考えるようにしてから、少し動きやすくなりました。当てはまる種類によって、「今日は休もう」「誰かに相談しよう」「まず手を動かしてみよう」と判断できるようになったからです。
正直に言うと、詰まることはいまでもあります。完全に詰まらなくなる方法なんてないと思っています。
それでも続けてきてよかったと思うのは、詰まり方が少しうまくなったからです。以前は詰まると「終わった」と思っていた。いまは「また詰まった、どの種類かな」とちょっと冷静に見られるようになった。スパイラルにはまる頻度も、以前より減った気がします。
個人開発って、作ること自体の難しさよりも「続けること」の難しさのほうが大きいと感じています。技術は調べれば身につく。でも心の使い方は、詰まりながら自分で学んでいくしかない。
Lilyにとっての個人開発は、プロダクトを作るだけじゃなくて、自分の心と付き合う練習でもありました。
この記事を書いたのは、誰かに伝えたかったからじゃなくて、自分でも整理したかったからでもあります。「詰まっている自分」を否定しないで、ただ観察して、少しだけ動いてみる。それを繰り返していたら、気づいたらここまで来ていた、という感じです。
あなたも今、詰まっていますか。それはたぶん、続けているからこそ詰まっているんだと思います。動いていない人は詰まらない。詰まるのは、前に進もうとしている証拠です。
ゆっくりでいい。小さく動けばいい。一緒に続けましょう。
Lily(@bokuwalily)― 個人開発者。AIと二人三脚で、iOSアプリやWebサービスを作っています