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審査ボタンを押した瞬間、不思議な静けさがやってきます。 あれはなんでしょう。キーボードから指を離して、画面をじっと見つめるあの数秒。「この申請は現在レビュー中です」という文字が表示されたとき、達成感よりも先にやってくるのは、なんとも言えない浮遊感です。もうここでは何もできない、と…
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審査ボタンを押した瞬間、不思議な静けさがやってきます。 あれはなんでしょう。キーボードから指を離して、画面をじっと見つめるあの数秒。「この申請は現在レビュー中です」という文字が表示されたとき、達成感よりも先にやってくるのは、なんとも言えない浮遊感です。もうここでは何もできない、という感覚。 Lilyです。先月、ちいさなメモツールをApp Storeに提出しました。たぶん7回目か8回目の審査申請になります。今回はリリースまでに3ヶ月ほどかかりました。毎回同じことをしているはずなのに、あの「手放した感じ」にはどうしても慣れません。今日はそのことを書いてみたいと思います。
個人開発者あるある、だと思うのですが、提出直前になると急に「ここもう少し直せるな」「このUIちょっと変かも」という気持ちが猛烈に押し寄せてきます。
今回も例に漏れず、本来は2月中旬に出すつもりだったものを、3月に入ってもまだ微調整を繰り返していました。画面遷移のアニメーション、フォントのサイズ、空のリストに表示するテキスト。どれも些細なことです。でも「もう少し、もう少し」とやっているうちに時間が過ぎていきます。
なぜそうなるかというと、提出してしまったらもう触れないからです。審査中は変更できない。それが怖くて、ぎりぎりまで手を離せないのだと、今は思っています。
覚悟、と言うと大げさですが、本当にそれに近い感覚があります。「これで出す」と決めたとき、小さくため息をついて、Submit for Reviewのボタンを押しました。
画面には確認ダイアログが出てきます。「本当に申請しますか?」みたいな意味合いのもの。その画面で、数秒止まりました。今さら何を確認するんだという話ですが、そこで初めて「ああ、終わったんだな」という気持ちがじわっと来ました。
App Storeの審査は、おおよそ24時間から48時間ほどかかります。以前は1週間近くかかることもありましたが、最近は早くなりました。でもその24時間が、個人開発者にとってはなかなか独特の時間です。
提出した直後、まずやったのはXを開くことでした。誰かに報告したくて。特別なチームがあるわけでもないのですが、個人開発者が集まるコミュニティのスレッドに「提出しました」と書きました。すぐに「おつかれ!」と返信が来て、それだけでなんとなく気持ちが落ち着きました。
次にやったのは、コーヒーを淹れることでした。ずっとコーヒーを飲み忘れていたことに、ようやく気がつきました。
待機中には、不安もあります。「プライバシーポリシーのURLは正しかったっけ」「スクリーンショット、端末サイズ合ってたかな」「あのバグ、再現しないはずだけど、もしかして審査中に出たら……」
こういう不安は、毎回必ず来ます。今回も来ました。
でも7回も経験していると、少しずつわかってきます。大抵の「した気がする」はちゃんとしてあるし、「していない気がする」も大体は問題ない。そしてもし本当に何か問題があれば、リジェクトというかたちでちゃんと教えてもらえる。それはそれで、ひとつの答えです。
正直に言うと、過去に2回リジェクトを受けています。
1回目は、画面上に表示していたテキストが、Appleのガイドラインに引っかかるとのことでした。英語のリジェクト通知を読んで、何が問題なのかを調べて、修正して、再提出する。その一連の流れに丸2日かかりました。
2回目は、もっとシンプルな理由でした。アプリの説明文に「最高」という表現を使っていたのが、実証されていない主張とみなされた、というものでした。思わず笑ってしまいましたが、確かにそうです。「最高」かどうかは使った人が決めることで、作った自分が宣言することじゃない。その通りでした。
リジェクトはきついですが、内容をちゃんと教えてもらえるという点では、意外と正直なフィードバックだと思っています。「ダメ」だけじゃなくて「ここがダメ」と言ってもらえる。修正できる余地があるということです。それからわたしは、アプリの説明文に「最高」や「No.1」という言葉を使わなくなりました。ちいさな変化ですが、今でも守っているルールです。
提出した瞬間から、自分にできることはなくなります。あとはAppleの審査官が判断することです。
これが、最初はとてもつらかった。自分のプロダクトを、自分でコントロールできない状態に置くというのは、なんとなく落ち着かない感じがあります。バグを見つけても直せない。UIを変えたくなっても変えられない。「あ、ここ直したかった」と思っても、もう手が出ない。
でも今は、この時間を少し好きになっています。
個人開発をしていると、「完成した」という瞬間がなかなか来ません。常にどこかを直せるし、常に何かを足せる。あのアニメーションをもう少し滑らかにしたい、あの画面にもう一機能欲しい、という気持ちは際限なく続きます。
でも審査に出した瞬間だけは、いったんそれが止まります。「今はこれが完成です」という、期限付きの答え合わせです。
それは本当の意味での完成ではないかもしれません。でも少なくとも、「今日のわたしにできる最善」という意味では、完成したと言えると思っています。審査ボタンを押すことは、そのことを認める行為でもあるんだな、と気づいてから、少しだけ楽になりました。ひとりで開発していると、「よくやったね」と言ってくれる人がいません。だから自分で、小さくでも区切りを作ることが、思っていた以上に大事でした。
審査に出したその夜、わたしはほぼ何もしませんでした。
積んでいた漫画を1冊読んで、夕飯を作って、友達とLINEして、早めに寝ました。開発中にずっと後回しにしていたことを、ゆっくりやりました。
次の日の昼過ぎ、メールが届きました。「Ready for Sale」と書いてありました。
公開です。
その瞬間、じわっと来るものがあって、Xに「公開しました」と書きました。17いいねがつきました。大きな数字ではないですが、17人の人が何らかの反応をしてくれたことは、素直にうれしかったです。そのうちの1人は、「ずっとこういうのほしかった」とリプライをくれて、それだけでもう十分だな、と思いました。
今もまた、次のアプリの開発を進めています。
ふとした瞬間に「あ、このUIどうしよう」「このフローで本当にいいんだろうか」と立ち止まることがあります。そういうとき、あの「審査中の静けさ」のことを思い出すようにしています。
提出した瞬間、あの静けさは必ず来ます。「もうここでは何もできない」という感覚。それは恐怖でもあるけれど、同時に「今日はもうおしまい」という許しでもあると思っています。
個人開発は、ひとりでやっていると終わりのタイミングを誰も決めてくれません。締め切りも、「よくできました」と言ってくれる人もいない。だから自分で「今日はここまで」と決める練習が、思っていた以上に大事だったりします。
審査に出して、そっとPCを閉じる。その動作が、わたしにとっての「今日の完成」のしるしになっています。
あなたにも、そういう瞬間がありますように。
Lily(@bokuwalily)― 個人開発者。AIと二人三脚で、iOSアプリやWebサービスを作っています
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Lily(@bokuwalily)― マーケ組織50名規模を統括するCMOを経て、いまは個人でiOSアプリやWebサービスを作っています。集客・導線設計と、AI導入・業務自動化の相談を受けています
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