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数字が変わったのは、夜の11時を過ぎた頃でした。 特別な日ではありませんでした。晩ごはんの食器を洗い終えて、いつものようにダッシュボードを開いた。そこに、節目の数字が並んでいました。反射的にスクリーンショットを撮りました。画面を保存する指が、自分でも驚くくらい素早く動いていました…
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「チップをリクエスト」で著者にチップの受け取り設定をお願いできます
数字が変わったのは、夜の11時を過ぎた頃でした。 特別な日ではありませんでした。晩ごはんの食器を洗い終えて、いつものようにダッシュボードを開いた。そこに、節目の数字が並んでいました。反射的にスクリーンショットを撮りました。画面を保存する指が、自分でも驚くくらい素早く動いていました。 でも、アルバムに収めた瞬間に気がつきました。この画像、誰に送ればいいんだろう、と。LINEを開きました。家族のトーク画面、友人とのグループ。指が止まりました。このスクリーンショットが何を意味するのか、どう説明したらいいのか、すぐには言葉が出てこなかった。結局、送らないまま画面を閉じました。 この記事は、その夜のことを書こうと思って始めました。孤独だったか、と問われると正直よくわかりません。でも、何かがちょっとだけ胸に刺さった感覚は今でも覚えています。同じように一人で作り続けている方に、読んでもらえたらうれしいです。
Lilyがそのサービスを公開したのは、ちょうど一年弱前のことでした。
最初は本当に小さなものでした。自分が不便だと思っていたことを、自分のために解決するツール。誰かに見てもらうつもりも、収益を目指すつもりも、最初はほとんどありませんでした。でも公開してみたら、少しずつ数字が動き始めた。
その「少しずつ」が、思っていたよりずっとゆっくりでした。
公開から1週間は毎日チェックしていました。2週間経って、チェックする頻度が落ちました。1ヶ月経った頃には、「まあそういうものか」と自分に言い聞かせるようになっていました。
数字が動かない時期に試したことは、いくつかあります。SNSでの告知の仕方を変えてみた。説明文を書き直した。トップページのデザインをシンプルにした。どれも劇的な効果はなくて、でも積み上がっていくような気がして、続けていました。
振り返ると、あの時期に「辞める」という選択肢は浮かんでいませんでした。なぜかと聞かれると困るのですが、やめる理由が見つからなかったというのが一番正直な答えです。数字は小さいけれど、ゼロではない。誰かが使ってくれているかもしれない。その「かもしれない」だけで、次の週も触り続けていました。
節目の数字というのは、Lilyにとって最初からそれほど明確な目標ではありませんでした。「いつかこの数字を超えたい」と意識的に思っていたわけでもない。でも画面に並んだ瞬間に、体が先に反応した。
スクリーンショットを撮るという行為は、自分の中で何かを確かめたかったのだと思います。夢じゃないよね、本当にこの数字になったよね、という確認。誰かに伝えたかったというより、まず自分自身に証明したかった。
でも保存した後に、自然と「誰かに見せたい」という気持ちが出てきました。
開発者コミュニティの知り合いには声をかけたことはありましたが、深い話をするほど仲良くなっていたわけでもない。家族には以前に「なんかアプリ作ってる」とだけ話したことがありましたが、このスクリーンショットの数字が何を意味するのか、説明するのに30分かかる気がしました。友人は優しく「すごいね」と言ってくれると思うけれど、わかってもらえるかどうかは別の話でした。
LINEのトーク一覧をスクロールして、結局誰にも送らなかった。アルバムを閉じて、お茶を一口飲みました。
これが孤独なのか、と自問しました。違う気もしました。でも、「誰かと共有したかった」という気持ちはたしかにあった。その2つが同時に存在している感じが、うまく言葉にならなかった。
一人で作っていると、評価されるタイミングが少ないです。
会社で働いていると、上司や同僚からのフィードバックが定期的に来ます。「先週のあれ、よかったよ」「この方針で合ってると思う」みたいな、小さな言葉が積み重なる。でも個人開発は、外から来る反応がとても薄い。特に序盤は。
数字が唯一の声になることが多いです。だから数字が動いた瞬間に、人は誰かに言いたくなるんじゃないかと思います。
Lilyが続けていた理由を正直に言うと、「やめる理由がなかった」からです。
楽しくなかった日もあります。更新のたびに何かが壊れて、夜中に直しながら「なんでこんなことしてるんだろう」と思ったことも一度じゃない。でも翌朝には、また触っていました。作ること自体が好きだったし、誰かが使ってくれているかもしれないという感覚が、やめる気持ちを上回っていた。
「使ってくれているかもしれない」は、確認できないことのほうが多いです。特に初期は。それでも、わずかな数字の動きを信じて続ける。その繰り返しが、気づいたら節目の数字になっていました。
あの夜、スクリーンショットを誰にも送れなかったことを、今でも後悔はしていません。
でも、誇らしかったのは本当です。自分で作って、自分で運用して、自分だけが知っている失敗の数だけ、この数字の重さがわかる。だから送る相手がいなくても、意味はあった。
孤独と誇らしさって、同じ根っこから生えてくるものかもしれないと思いました。一人でやっているから誰とも共有できない。でも一人でやっているから、全部自分のものでもある。どちらも同じ「一人で作っている」という事実から来ている。
あの夜のスクリーンショットは、まだアルバムに残っています。誰にも送らないまま。でも時々見返すと、あの夜の自分をちゃんと思い出せます。それでいいと思っています。
節目の数字を超えた後、Lilyがやったことはそれほど大きなことではありませんでした。
ずっと後回しにしていたページの説明文を書き直した。気になっていた箇所の表示を少し整えた。それだけです。「よし、次の目標は10倍だ」みたいな気合はなかった。ただ、続きをやりました。
今になって振り返ると、節目に至るまでの道のりで「これが効いた」と言えるものがいくつかあります。でも当時は全然そんなふうに見えていませんでした。
説明文を3回書き直したこと。3ヶ月後に使い方の記事を1本書いたこと。デザインのフォントを一種類に絞ったこと。エラーが出た時のメッセージを丁寧にしたこと。
全部、地味です。どれも劇的な変化を生んだわけじゃない。でも全部積み重なって、今の数字になっていた。一個一個は「これで変わるか?」と半信半疑でやっていたものばかりです。劇的な施策は一つもなかった。それでも、気づいたらそこにいました。
個人開発をしていると、節目の数字をひとりで迎えることがあると思います。
喜びながら、ちょっと寂しい。誰かに言いたいけど、うまく伝わるかどうかわからない。LINEを開いて、閉じる。そういう夜、Lilyにもありました。
もしこれを読んでいるあなたがそういう夜を過ごしたことがあるなら、それを知っていてほしいと思います。送れなかったスクリーンショットの中に、確かに誇らしいものがありました。伝わらなくても、意味がなかったわけじゃない。あなたが知っている。それで十分です。
Lilyはまだ作り続けています。次の節目がいつ来るかはわかりません。でも来た時、また同じようにスクリーンショットを撮ると思います。そしてたぶん、また誰かに送ろうか迷うと思います。
それでいい、と今は思っています。あなたの積み重ねも、ちゃんとそこにあります。
Lily(@bokuwalily)― 個人開発者。AIと二人三脚で、iOSアプリやWebサービスを作っています
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Lily(@bokuwalily)― 個人開発者 / AI導入・業務自動化のコンサルタント。AIと二人三脚でiOSアプリやWebサービスを作りながら、企業のAI導入と自動化の相談を受けています
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