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「チップをリクエスト」で著者にチップの受け取り設定をお願いできます

先週の朝、スマートフォンを開いたら通知はゼロでした。ニュースレターも届いていなく、SNSのリプライもなく、ただカレンダーアプリが静かに日付を示しているだけ。その日がちょうど、わたしの作ったアプリの公開から1年目でした。 誰も知らないし、誰も祝ってくれない。そんな当然のことに、なぜ…
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「チップをリクエスト」で著者にチップの受け取り設定をお願いできます
先週の朝、スマートフォンを開いたら通知はゼロでした。ニュースレターも届いていなく、SNSのリプライもなく、ただカレンダーアプリが静かに日付を示しているだけ。その日がちょうど、わたしの作ったアプリの公開から1年目でした。 誰も知らないし、誰も祝ってくれない。そんな当然のことに、なぜかその朝は少しだけ胸が痛みました。自分で作って、自分でリリースして、自分で運営してきた1年間。もしかしたら読んでくださっている方も、似たような経験があるかもしれません。この記事は、そんなひとりの開発者の、誰にも言えなかった小さな節目の話です。 うまくいった話ではありません。ユーザー数が爆発した話でも、収益が出て生活が変わった話でもない。それでも、あの朝を経て、「続けること」の意味が少し変わったように感じています。長くなりますが、よければ最後まで付き合ってください。
アプリを公開したのは、去年の9月はじめのことでした。何ヶ月もかけて作ったものを、震える指でストアに提出した日のことは今でも覚えています。審査が通った瞬間、ひとりでコーヒーを淹れて、静かにコップを掲げました。
最初の1週間は、分析ダッシュボードを何度もリロードしていました。ユーザー数が1人増えるたびに、見ず知らずの誰かがわたしの作ったものを使っていると思うと、それだけで信じられない気持ちになりました。
正直に言うと、もっと広がると思っていました。SNSで告知して、いくつかのコミュニティに投稿して、「バズる」とまでは思っていなくても、じわじわと広まっていく未来を想像していた。でも現実は違いました。告知のツイートには3件のいいねがついて、そのうち2件は友人のものでした。
ダウンロード数は最初の1ヶ月で47件。悪くはない、と自分に言い聞かせていましたが、翌月は12件に落ちました。そのまま、静かなグラフが続いていきました。
ちょうどアプリ公開から半年が経った頃、同じく個人開発をしている知り合いがXに投稿しました。「今日でアプリ1周年!ありがとうございます」というポストで、スクリーンショットには5桁のダウンロード数が映っていました。
そのポストには、数十件のリプライと大量のいいねがついていました。「おめでとう」「すごい」「憧れます」。彼女が丁寧に一つひとつに返信しているのを眺めながら、わたしは自分のダッシュボードを開きました。
累計ダウンロード数は、そのとき312件でした。月次のアクティブユーザーは12人。彼女のポストと自分の数字が頭の中で並んで、しばらく動けませんでした。
嫉妬というより、もっと静かな何か。「わたしのアプリは、続ける価値があるんだろうか」。そういう問いが、じわじわと浮かんできました。そして、あの投稿を見てから1週間、わたしはアプリの更新を一切止めました。
更新を止めた1週間、不思議なことがありました。アクティブユーザー12人のうちのひとりから、短いメッセージが届いたのです。「バグがありました」ではなく、「このアプリ、毎朝使っています。ありがとうございます」という一行でした。
それだけです。でもそれだけで、止まっていた手が動きました。12人のうちの、少なくとも1人は、毎朝このアプリを開いている。そのことがリアルに感じられた瞬間、「更新をやめて別のものを作ろう」と決めかけていた自分の判断を、引っくり返しました。知らない誰かのたった一行で、続けることを選んだのです。
その日から半年。アプリは生き続けました。大きな機能追加はほとんどできていませんが、小さなバグを直して、少しだけUIを整えて、地味なアップデートを重ねてきました。
振り返ると、1年間で合計23回のアップデートを出していました。1回あたり数百字のリリースノートを書いて、動作確認をして、審査に出して。誰も気づかないような変更もたくさんあります。それでも、積み上がった23という数字を見たとき、なぜか少し誇らしい気持ちになりました。
1年前のわたしは、「続ける」とはユーザーが増え続けることだと思っていました。数字が伸びなければ続ける意味がない、と。でも今は少し違うことを感じています。
続けるとは、ただそこに存在し続けることかもしれない。誰かが検索したときに現れて、使おうと思ったときに使えて、フィードバックを送ったら返事が来る。そういう「信頼できる場所」として存在し続けること。それ自体がひとつの価値なのかもしれない、と思うようになりました。
そして1年目の朝に戻ります。
通知はゼロのまま。ユーザーは誰も気づいていない。それでもわたしは、ひとりでコンビニのショートケーキを買いました。去年のリリース日と同じように、コーヒーを淹れて。今度は手帳に「1周年」とだけ書いて、小さな文字で「おめでとう」と添えました。
誰かに見せるためではない。ただ、自分がここまで来たことを、自分で認めたかったのだと思います。
正直に言えば、失敗のほうが多かった1年です。告知の仕方を間違えて拡散されなかった。機能を追加しすぎて、シンプルだったはずのアプリが複雑になった。一度、誤ったバージョンをリリースしてしまって、ユーザーに謝罪の連絡を送ったこともあります。
それでも、アプリはある。今日も誰かが起動している。それだけで、1年間のすべてが消えるわけではないと感じています。
このエッセイを読んでいる方の中にも、似たような状況の方がいるかもしれません。数字は伸びていない。誰にも気づかれていない。それでもなぜか、やめられないでいる。
それは弱さではないと、わたしは思います。むしろ、その「やめられない」という感覚こそが、あなたのアプリが本当にあなたのものである証拠なのかもしれません。
大きな成功を目指さなくていいとか、数字を気にするなとか、そういうことを言いたいわけではありません。数字は大事だし、成長を考えることも大切です。ただ、誰にも気づかれない1周年を迎えてもなお続けているという事実は、それだけで何かを語っていると思うのです。
わたしは次の1年、少しだけ変えようとしていることがあります。「バズらせる」ことを目標にするのをやめて、「12人のアクティブユーザーを14人にする」という、小さくて具体的な目標を立てました。
大きな夢より、手が届きそうなひとつ先。それくらいの温度感で、もう少し続けてみようと思っています。
もしあなたも、誰も知らない記念日をひとりで過ごしていたなら、どうかそっと自分に「おめでとう」と言ってあげてください。それはとても、小さくて、確かなことだと思うから。
Lily(@bokuwalily)― 個人開発者。AIと二人三脚で、iOSアプリやWebサービスを作っています
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Lily(@bokuwalily)― マーケ組織50名規模を統括するCMOを経て、いまは個人でiOSアプリやWebサービスを作っています。集客・導線設計と、AI導入・業務自動化の相談を受けています
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