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「チップをリクエスト」で著者にチップの受け取り設定をお願いできます
個人開発を始めて半年ほど経った、秋の平日のことです。アプリをリリースしてからは毎日のようにダッシュボードを眺める日々が続いていました。数字が少し増えていれば今日も生きていける、増えていなければなんとなく落ち込む——そんなルーティンが習慣になっていました。ユーザーがいるとはわかって…
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「チップをリクエスト」で著者にチップの受け取り設定をお願いできます
個人開発を始めて半年ほど経った、秋の平日のことです。アプリをリリースしてからは毎日のようにダッシュボードを眺める日々が続いていました。数字が少し増えていれば今日も生きていける、増えていなければなんとなく落ち込む——そんなルーティンが習慣になっていました。ユーザーがいるとはわかっていても、その存在はどこか遠くて、画面上の数字としてしか感じられていなかったのだと思います。 それが崩れたのは、一通のメールがきっかけでした。件名は「アプリの使い方について」。送信者の名前は、わたしにとってまったく見知らぬ人。最初はスパムだと思いました。でも読み進めると、それは確かに、わたしの作ったアプリについて丁寧に書かれた質問メールでした。 あのとき感じた感覚は、今でもうまく言葉にならないのですが、正直に言うと「嬉しい」よりも先に「怖い」が来ました。この記事では、そのときのことをできるだけ正直に振り返ってみたいと思います。個人開発を続けている方に、少しでも「ああ、わかる」と思っていただけたら嬉しいです。
その日の午後、特に意味もなくメールを開いたとき、見慣れないアドレスからのメッセージが目に入りました。件名には、わたしのアプリ名がそのまま書いてありました。「〇〇アプリについて質問があります」というシンプルな一文です。
内容は、アプリの特定の機能についてのシンプルな質問でした。使い方がわからない箇所があるから教えてほしい、という内容です。技術的に難しいことでも、クレームでもありませんでした。でも、読んでいる間、なぜか手が少し震えていました。
何度か読み返していると、その方がアプリのどの画面で詰まっているのかが、文章から具体的に伝わってきました。ちゃんと使ってくれているんだな、とわかりました。スパムだったらこんな具体的な描写はできません。
「本当に使ってくれている人がいる」
頭ではわかっていたことのはずなのに、その瞬間に初めて、ダウンロード数という数字のうしろに「人」がいるのを、からだで感じた気がしました。
本来なら、5分で書けるような内容だったと思います。でもわたしは、その返信を書くのに2時間かかりました。
最初に書いた文章を読み返して、なんか冷たいな、と削除しました。次に書いた文章は逆に馴れ馴れしすぎる気がして、また削除。丁寧すぎると違和感があって、かといってくだけすぎると失礼な気がして、そのバランスを取ることに異様に神経を使いました。
質問への回答自体は数行でした。でも、わたしが時間をかけたのはそこではありませんでした。「使ってくれてありがとう」という気持ちをどう伝えるか、使いにくかった点をどう詫びるか、最後の一行をどんな雰囲気で締めるか——そういうことに、ものすごく悩みました。
今思えば少し過剰だったかもしれません。でも、あのとき慎重になって良かったとも思っています。そのメールが、わたしにとって初めて「作り手として誰かに向き合う」経験だったから。
最終的に、できる限り丁寧に、でも温度感を持って書いた返信を送りました。送信ボタンを押した直後、ふわっとした達成感というか、解放感のようなものがありました。
それから数時間後、「ありがとうございます、解決しました!」という短い返信が届いて、わたしはそのとき、一人でこっそりガッツポーズをしました。誰も見ていないところで。
あのメールをきっかけに、わたしのアプリへの向き合い方が少し変わりました。
それまでは「ユーザーが増えるといいな」という感覚で考えていたのですが、あの日からは「この機能を使っているのは、実際にどこかで生活している誰かなんだ」という意識が常にあるようになりました。
たとえば、あのメールを送ってくれた方は、どこかの自宅なり職場なりでわたしのアプリを開いて、困っていて、それでもわざわざ連絡してくれたわけです。使い方がわからなかったときに黙ってアンインストールするのではなく、問い合わせをしてくれた。それって、ちょっとすごいことだと思うんです。それだけアプリに期待や信頼を持ってくれていたということだから。
そう気づいてから、機能の追加よりも「今ある機能をちゃんと使えるか」を先に考えるようになりました。ヘルプ文を見直したり、エラーメッセージを丁寧に書き直したり。派手ではないけれど、あのメールがなければやっていなかったと思います。
同時に、責任の重さも感じるようになりました。ここで言う責任というのは、法律的な話ではなくて、もっと感情的なことです。誰かが使ってくれているということは、その誰かの時間をもらっているということ。その時間をがっかりさせてはいけない、という感覚です。
でも不思議なことに、その重さはまったく嫌ではありませんでした。むしろ「ちゃんと誰かの役に立っているんだ」という誇らしさが、重さと同時にそこにありました。
わたしはアプリをリリースしたとき、自分のことを個人開発者だとはまだ思えていませんでした。「趣味でアプリ作ってる人」くらいの感覚で、ちゃんとした開発者という言葉はどこか他人事でした。
でもあのメールが届いたとき、すとんと腹に落ちた感覚がありました。「あ、わたしは個人開発者なんだ」と。
自分でサービスを作って、知らない誰かがそれを使って、困ったときに連絡してきた。その一連の流れが成立したとき、わたしははっきりと「個人開発者」という立場に立てた気がしました。アプリが形になったときでも、初めてダウンロードされたときでもなく、初めてサポートメールが届いたとき——それがわたしにとっての「なった」瞬間でした。
個人開発は、基本的に孤独な作業です。一人でアイデアを考えて、一人でリリースして、一人で振り返る。チームがあればあるほど生まれるフィードバックのループが、個人だとほとんどありません。
でも、あのメールで気づいたのは「一人で作っていても、相手は必ずいる」ということです。その相手のことを想像しながら作ることが、孤独な開発を少し豊かにしてくれると感じています。
あのメールから時間が経った今でも、サポートの問い合わせが来るとちょっとだけ緊張します。慣れたとは言えないし、返信に悩むことも変わりません。でも、最初のあの2時間ほど時間をかけることはなくなりました。少しずつ、「向き合い方」を学んできたのだと思います。
正直に言うと、あの最初の返信に満足しているかというと、微妙なところです。後から読み返すと「もう少し具体的に書けばよかった」と思う部分もあります。でも、その経験があったから、次からは最初からヘルプページへのリンクを添えるようにしようとか、よくある質問をまとめようとか、そういう行動につながりました。
失敗や反省が次の改善になるのは、コードと同じかもしれません。
それ以来、サポートメールには必ず24時間以内に返すと決めています。大した機能がなくても、バグが多くても、返信が丁寧なサービスは信頼されると信じているからです。個人開発者が大企業に勝てないところはたくさんありますが、距離の近さと返信の速さは、個人にしか出せない強みだと思っています。
いつかたくさんのユーザーが使ってくれるようになっても、最初にサポートメールをくれたあの方のことは、おそらく忘れないと思います。あの一通がなければ、自分が本当に個人開発者になったと気づけなかったかもしれないから。
個人開発をしていて、まだサポートの問い合わせが来たことがないという方も、きっとそのうち届きます。最初はびっくりするし、返信に悩むかもしれません。でも、その経験がきっと「あなた」と「ユーザー」のあいだに、最初の細い糸を結んでくれます。
焦らなくていいです。時間をかけて返信してください。きっとそれが、あなたにとっての「個人開発者になった瞬間」になるから。
Lily(@bokuwalily)― 個人開発者。AIと二人三脚で、iOSアプリやWebサービスを作っています