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「チップをリクエスト」で著者にチップの受け取り設定をお願いできます
最初の値段をつけたのは、夜中の二時でした。 決断に迷いすぎて、画面の前に座ったまま三時間が経っていました。「¥490」と打ち込んでそのまま数秒止まって、また消して。「¥300」に変えてまた止まって。結局また「¥490」に戻して、目を閉じたまま公開ボタンを押しました。怖かった。本当…
この記事が良かったら
「チップをリクエスト」で著者にチップの受け取り設定をお願いできます
最初の値段をつけたのは、夜中の二時でした。 決断に迷いすぎて、画面の前に座ったまま三時間が経っていました。「¥490」と打ち込んでそのまま数秒止まって、また消して。「¥300」に変えてまた止まって。結局また「¥490」に戻して、目を閉じたまま公開ボタンを押しました。怖かった。本当に怖かった。 このエッセイは、その翌日に起きたこととそこから少しずつ立ち直っていくまでの話です。個人開発をしている方に、特に今まさに「値段をつけようか迷っている」方に読んでもらいたくて書きました。
最初にアプリを公開したのは、一年半ほど前のことです。自分が使いたくて作ったツールで、他にも同じことで困っている人がいるんじゃないかと思って、とりあえず公開しました。料金設定のことは何も考えていませんでした。というより、「最初から有料にする」という発想自体がありませんでした。
無料にしておけば、誰でも気軽に使えます。批判されるリスクも下がる気がしていました。値段をつけた途端に「これは本当に¥○○の価値があるのか」と問われてしまうような気がして、それが怖かったのだと思います。
ユーザーは少しずつ増えていきました。多い日で一日に数十人が使ってくれるようになって、Xでたまに「これ便利です」というポストを見かけることもありました。そういう反応がうれしくて、アップデートを続けていました。
一年が経っても、料金体系は変えませんでした。サーバー代は月に数百円程度で、趣味の範囲内で続けられる金額でした。「まだそのタイミングじゃない」「もう少し機能を足してから」と言い訳を重ねながら、ずっと無料のまま運用を続けていました。
でも内心では、ずっとどこかが引っかかっていました。使ってもらえているのはうれしい。けれど、このまま永遠に無料で続けていいのだろうか、という感覚です。お金の問題というより、なんというか、自分のものづくりに対して誠実じゃない気がしていました。うまく言葉にできなかったけれど、そういう気持ちがずっとくすぶっていました。
有料化を決めたのは、ある個人開発者の方のnoteを読んだのがきっかけでした。「無料のままでいることは、自分の作ったものに価値がないと言っているようなものだ」という一文が、なぜかずっと頭から離れませんでした。
価格を決めるのは本当に難しかったです。相場を調べて、競合を調べて、海外のインディーズ開発者がどういう考え方で値段を決めているかも調べました。それでも「正解」はどこにもありませんでした。結局、「コーヒー一杯より少し安いくらい」という曖昧な基準で¥490に決めました。
公開する前夜、Xに「明日から有料にします」という告知ポストを投稿しました。何人かの方から「ありがとう」「ずっと使ってました」というリプライが来て、温かいなと思いながら眠れないまま朝を迎えました。
有料化の設定自体は、数分で終わりました。管理画面で設定を変えて、価格を入力して、保存する。それだけです。技術的には何も難しくなかった。
でも保存ボタンを押した後、しばらく画面を閉じられませんでした。「もう元には戻せない」という感覚がありました。実際には戻せるんですが、心理的にそう感じていました。
その夜はよく眠れませんでした。
朝起きて、一番最初にアクセス解析を開きました。
数字は、半分以下になっていました。
前日まで一日に数十人が使ってくれていたのが、有料化した翌日には一桁になっていました。当たり前といえば当たり前なのかもしれません。でも、頭でわかっていることと、実際に画面で見ることは全然違いました。
「やっぱりやめておけばよかった」という気持ちが、すぐに来ました。
無料のままなら、今日も何十人かが使ってくれていたはずです。「ずっと使ってます」と言ってくれていた方たちも、もう来ないかもしれない。自分のせいで、使えなくなった人がいる。そう思ったら、本当に申し訳なかった。
同時に、みじめな気持ちもありました。「自分のアプリはやっぱり¥490の価値もなかったんだ」という解釈が頭をよぎりました。誰も買わないということは、誰もそれだけの価値を感じてくれなかったということだと。
その日は何もできませんでした。
有料化してから最初の一週間、「無料に戻そう」と思った回数は数えていません。何十回も思いました。
でも戻せなかったのは、意地というより、怖かったからです。一度戻したら、もう二度と値段をつけられない気がしていました。「やっぱり無料じゃないとダメだった」という事実が残ってしまう気がして。
その頃、Xで同じように有料化に踏み切った方のポストを見かけました。「最初の一ヶ月は全然売れなかった」「でも半年後にじわじわ伸びた」という内容でした。コメントをつけて引用しようとして、やめました。うらやましいとか、参考にしようとか、そういう気持ちより先に、「でも自分のは違うかもしれない」という気持ちが来てしまって。
それでも、アップデートだけは続けていました。
「誰も使ってないかもしれないけど」と思いながら、バグを直して、使い勝手を少し改善して、リリースノートを書いていました。なんというか、義務感というよりは、他にできることが思いつかなかった、というのが正直なところです。
有料化してから三週間後、初めて売上の通知が来ました。一件。誰かが¥490を払ってくれた。
通知を見た瞬間、じわっと泣きそうになりました。誰かが、お金を払って、自分のアプリを選んでくれた。無料でもいろんな選択肢があるのに。その事実が、それまでのどんな「ありがとう」より重く、温かく感じました。
その一件の購入があってから、少しだけ考え方が変わりました。
値段をつけるということは、「これはこれだけの価値がある」という宣言なのだと思っていました。だから怖かった。自分にその価値があると言える自信がなかった。
でも違うのかもしれない、と思い始めました。値段をつけるということは、「自分のものづくりを、自分が信じる」という行為なのかもしれない。誰かに「価値がある」と認めてもらうための値段じゃなくて、自分が「これは真剣に作ったものだ」と表明するための値段。
無料にしておくことは安全に見えて、実は「どうせ誰も払わないから」という諦めを先回りして取り込んでいたのかもしれない。それは謙虚さじゃなくて、怖さを謙虚さに見せかけていただけだったかもしれない、と。
有料化から一ヶ月後、アクセス数はほぼ底をついたままでした。でも月に数件、購入が入るようになっていました。
「全員消えた」というのは、正確には正しくありませんでした。無料で気軽に試していた方の多くは離れた。でも残ってくれた方、新しく来てくれた方が、ちゃんとお金を払ってくれていました。
母数が減っても、残ったのは「本当に使いたい人」でした。フィードバックの質も変わった気がしました。丁寧で、具体的で、「こういう機能があるともっと使えます」という建設的なものが増えました。数字は減ったのに、なぜかアプリと向き合うのが前より楽しくなっていました。
今もまだ、有料化は「大成功」とは言えません。月の売上は、サーバー代を超えるようになりましたが、大きな額ではありません。
それでも、あの夜中の二時にボタンを押したことは、後悔していません。
有料化してよかったと思うのは、お金の話だけじゃありません。「値段をつける」という行為が、自分のものづくりへの向き合い方を変えてくれました。適当に公開して適当に放置する、ということがしにくくなりました。お金を払ってくれている人がいる、という事実が、ちょうどいいプレッシャーになっています。
個人開発をしていると、「誰も使わないかもしれない」「大したものじゃない」という気持ちがいつでも隣にあります。無料でいることは、その気持ちへの逃げ道でもありました。
値段をつけることは、その逃げ道を自分で塞ぐことでもあります。だからこそ怖い。でもだからこそ、ちゃんと作ろうとする。
もし今、「値段をつけようか迷っている」という方がいたら、こんなことをお伝えしたいです。
最初のユーザー数は、きっと減ります。それは覚悟したほうがいいと思います。翌日の数字を見て、後悔すると思います。でも、最初の一件が来たときの感覚を、一度は経験してほしいと思っています。
誰かがお金を払って選んでくれたということは、何十件の「便利でした」より、静かに深く刺さります。
¥490でも、¥300でも、¥980でも。金額より、「値段をつけた」という事実が大事なのだと、今は思っています。
自分の作ったものを信じていいんだ、と。あのボタンを押すまで、Lilyはずっとそれが怖かった。今もまだ少し怖いけれど、それでもまた次の値段をつける日が来ると思います。そのときは、もう少しだけ早くボタンを押せる気がしています。
Lily(@bokuwalily)― 個人開発者。AIと二人三脚で、iOSアプリやWebサービスを作っています