この記事が良かったら
「チップをリクエスト」で著者にチップの受け取り設定をお願いできます

最初の星1レビューが届いたのは、ある平日の夜のことでした。その日、Lilyはいつも通りSNSを眺めながら、自分のアプリに新しいレビューが来ていないかをそっと確認する、あの小さな儀式をこなしていました。リリースから数週間、レビューはまだ数えるほどしかなく、そのすべてを一字一句読んで…
この記事が良かったら
「チップをリクエスト」で著者にチップの受け取り設定をお願いできます
最初の星1レビューが届いたのは、ある平日の夜のことでした。その日、Lilyはいつも通りSNSを眺めながら、自分のアプリに新しいレビューが来ていないかをそっと確認する、あの小さな儀式をこなしていました。リリースから数週間、レビューはまだ数えるほどしかなく、そのすべてを一字一句読んでいた頃の話です。 通知が来たとき、少しドキドキしました。星がついた。レビューが増えた。誰かが届いてくれた。それだけで胸が弾む時期でしたから。でも画面を開いた瞬間、視界の隅に映ったのは、金色の星が五つ並ぶ画像ではなく——星がたったひとつだけ、ぽつんと灯っている画面でした。 あの夜から少し時間が経った今、Lilyはこのエッセイを書いています。傷ついた話をしたいのではなく、あの通知が自分にとって何だったのかを、ゆっくり言葉にしてみたくなったからです。同じように何かを作って、誰かに届けようとしている人に読んでほしい話です。
レビューの内容はシンプルでした。「期待してたけど使いものにならない」——それだけです。
Lilyはしばらく画面を見つめていました。スクロールして、もう一度読んで、また最初から読んで。文字数にすれば20字にも満たない一言でしたが、なぜかそこから目が離せなかったのです。
使いものにならない。
その言葉が、胸の奥でじわじわと広がるような感覚がありました。怒りとも違う、悲しみとも違う。なんと表現すればいいのか、しばらく分からないままでいた気がします。部屋の電気を点けたまま、Lilyはその夜ずっとスマホを握っていました。別のアプリを開いては閉じて、またそのレビュー画面に戻ってくる。寝ればいいのに、眠れない。誰かに話したいのに、何を話せばいいかも分からない。そんな夜でした。
翌日、Lilyが最初にしたことは、仲のいい開発者の友人に連絡することでした。スクリーンショットを貼り付けて、「こんなの来た」と送る。返ってきたのは「あるある、気にしないで」という一言と、笑えるスタンプでした。
それで少し楽になりました。でも同時に、「気にしないで」と言われるたびに、なんとなくモヤが晴れない感じもありました。気にするな、と言われるほど、気になってしまうあの感覚。みなさんも経験があるでしょうか。
正直に言うと、怒りよりも先に「恥ずかしい」という感情が来ていました。こんなものをリリースして、使ってみてもらって、失望させてしまったのかもしれない。そういう気持ちが、どこかずっとくすぶっていたのです。
技術力が足りなかったのかな。もっと丁寧につくるべきだったのかな。そもそもこのアイデア自体が間違っていたのかな——頭の中をそういう思考がぐるぐると巡り始めました。誰かに否定されたというより、自分が恥ずかしいことをしてしまったような感覚。個人開発をしている人には、この感じが分かる人もいるかもしれません。
数日後、Lilyはまたそのレビューを開きました。
最初は「反省材料として」というつもりでした。でも読んでいるうちに、ふと気がついたことがありました。このレビューを書いた人は、アプリをダウンロードしていた。使ってみようとしていた。少なくともそれだけは、確かなことです。
「期待してたけど使いものにならない」——あのとき最初に読んだときは、後半の「使いものにならない」しか目に入っていなかったと思います。でも改めて読むと、最初に「期待してた」とあります。
誰かがLilyの作ったものに、少なくとも少しの期待を持ってくれていた。ダウンロードするという行動を取ってくれていた。それはもしかして、とても小さいようで、ゼロから大きく離れた何かなんじゃないか。そう気づいたとき、あの夜感じていた感覚が、少しだけ違って見え始めました。
個人でアプリをリリースして最初に怖いのは、「誰にも使ってもらえないこと」だと思います。Lilyもそうでした。ストアに出しても、誰にも見つけてもらえなかったら。ダウンロードがゼロのまま時間だけが過ぎていったら。そちらの方がずっと怖かった。
星1レビューが来たということは、少なくとも誰かが存在を知って、試してみてくれた。使おうとしてくれた。そしてちゃんと感想を持ってくれた。批判であっても、それは「届いた」ということの証拠でした。
沈黙にはなにも宿らない、とLilyは思っています。レビューが来ない、感想が来ない、反応がない——そういう静けさの中では、作ったものが本当に誰かの生活に触れたのかすら分からないままです。
でも批判の言葉には、誰かの時間と感情が宿っています。「使いものにならない」と書いた人は、使おうとしたのです。期待して、試して、がっかりした。それはLilyとの間に、小さいけれど確かなやり取りがあった、ということでもあります。
そう考えると、あの平日の夜に届いた通知は、なにかの終わりではなく、はじまりの一種だったのかもしれない。そんな気がしてきました。
気持ちの整理がついた頃、Lilyがしたことはとてもシンプルでした。
まず、アプリを自分で最初から使い直してみました。友人でも家族でもなく、初めて使う人の目線でもう一度触ってみる。すると、あちこちで「ここ分かりにくいな」という箇所が目についてきました。作ったときは当然に思っていたことが、少し時間が経って見直すと、説明が足りていなかったり、順番がちぐはぐだったりする。「使いものにならない」という言葉の意味が、少しだけ見えてくる気がしました。
一気に全部直そうとしなかったのは、正解だったと今では思います。あれもこれも直さなければという気持ちになると、途端に重くなって手が止まってしまうから。
Lilyは「最初の画面に、使い方を説明する一文を追加する」というたった一つの改善だけをやりました。地味でした。でも、それでいい気がしました。大きな改修ではなく、「伝わりやすくするための、ひとつの努力」として残しておけたから。
もうひとつしたことがあります。レビューへの返信を書きました。
謝りすぎず、言い訳もせず、「ご意見ありがとうございます。ご指摘を参考に〇〇を改善しました」というシンプルな文章を。読んでもらえるかどうかは分かりません。でも書くことで、Lilyの中で何かがひとつ区切れた感じがしました。受け取りっぱなしにしないという、自分のためのけじめのようなものでした。
個人開発をしていると、「バズった話」や「収益化できた話」をたくさん目にします。そういう話は読んでいて楽しいし、刺激にもなります。でも今のLilyが思うのは、それより前のことです。
ゼロから一歩踏み出すとは、誰かに何かを届けることだと思っています。受け取られ方がどうであれ、批判であれ、沈黙であれ——届けようとして、実際に届いた瞬間があった、ということ。あの星1レビューは、Lilyにとってその「届いた」という最初の証拠でした。
星1レビューをもらって傷ついたとき、Lilyはそれを「失敗した」と感じていました。でも今思えば、傷ついたのは、ちゃんと届けようとしていたからでもあります。どうでもいいと思っていたら、傷つかない。傷つくということは、それだけ自分が本気でつくっていた証拠でもある。
そう考えると、あの夜の感覚も、少し違った意味を持ってくるような気がします。
あの平日の夜から、Lilyのアプリへの向き合い方が少し変わりました。大きな変化ではないです。でも「誰かに届いている」という実感が、リリース前にはなかった手触りとして、自分の中に残りました。
批判は怖いし、傷つきます。それは変わらないし、今もそうです。でもそれは、作ったものが世界に出たということでもある。Lilyは今も個人開発を続けていて、相変わらず新しいレビューが来るたびにドキドキします。それはたぶん、ずっと変わらないことだと思っています。
でもあの星1をくれた人に、今は少し感謝しています。あなたが「使いものにならない」と書いてくれなければ、Lilyはもう少し長く、「誰かに届いているのかどうかも分からない」という宙ぶらりんな場所にいたかもしれないから。
何かを作って、誰かに届けようとしているすべての人に。傷つくことも、ゼロから前に進んでいる証拠のひとつだと、Lilyは思っています。
Lily(@bokuwalily)― 個人開発者。AIと二人三脚で、iOSアプリやWebサービスを作っています