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「チップをリクエスト」で著者にチップの受け取り設定をお願いできます

サブスクリプションがキャンセルされると、通知が来ます。数字がひとつ減って、チャーンレートが動いて、ダッシュボードに記録が残ります。それだけです。多くの場合、相手が誰なのかも、どんな気持ちで去っていったのかも、わかりません。 Lilyという名前で個人開発をしている私は、そういう「見…
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「チップをリクエスト」で著者にチップの受け取り設定をお願いできます
サブスクリプションがキャンセルされると、通知が来ます。数字がひとつ減って、チャーンレートが動いて、ダッシュボードに記録が残ります。それだけです。多くの場合、相手が誰なのかも、どんな気持ちで去っていったのかも、わかりません。 Lilyという名前で個人開発をしている私は、そういう「見えないお別れ」をこれまで何度も経験してきました。最初のうちは一件一件気にしていましたが、ある時期から通知を見るのが怖くて、設定をオフにしたこともあります。キャンセルは失敗の証拠のように感じていたし、相手の顔が見えないぶん、何が悪かったのかもわからないまま、ただ数字だけが減っていく感覚がありました。 でも先日、そこに少し違うことが起きました。キャンセルの通知より先に、メールが届いたのです。件名は「お世話になりました」でした。
届いたメールは、とても短いものでした。
「長い間使ってきましたが、今月いっぱいで解約することにしました。毎月の出費を見直した結果です。サービス自体はとても気に入っていました。ありがとうございました」
それだけです。リンクもなく、要望もなく、クレームもなく。ただ「ありがとうございました」と書いてあるだけの、五行ほどの文章でした。
読んだ最初の感想は、正直「どうすればいいんだろう」というものでした。返信すべきか。引き止めるべきか。でも何よりも、驚いていました。去っていく前にわざわざメールをくれる人がいることが、純粋に想像できていなかったのです。
少し考えて、私は返信しました。引き止めるつもりはありませんでした。ただ、「メールをくれてありがとうございます。使ってくれていたこと、とても嬉しかったです。また気が向いたときに戻ってきてもらえたら」と、それだけを送りました。
数分後、また返信が来ました。「実はあの画面の操作がもう少しこうだったら、続けていたかもしれません。参考になれば」と。
それは、どんなアンケートよりも、どんなレビューよりも、具体的な言葉でした。
個人開発をしていると、ユーザーの行動はほとんど数字で届きます。月間アクティブユーザー数、解約率、セッション数、クリック率。それらは確かに大切な指標ですが、そこに人の感情はありません。
たとえば今年の春、私は機能をひとつ大幅に変更しました。使い勝手の改善を意図した判断でしたが、変更後の一週間でキャンセルが5件続きました。数字を見るたびに胃が重くなりました。それぞれのキャンセルに理由があったはずなのに、何も見えない。何が悪かったのかを知る手段がない。その無力感は、今でも覚えています。
あのメールをくれた方も、ダッシュボードの上では「1件のキャンセル」にしかなりません。でも実際には、毎月お金を払ってくれていた、気に入ってくれていた、そして去る前にわざわざ言葉を残してくれた人でした。そのことが、同じ「1」という数字の後ろにあったのです。
少し正直に話すと、私はキャンセル通知を見るのが苦手でした。単純に落ち込むからです。
特にサービスを始めて最初の一年は、ひどいものでした。ユーザーが増えることへの喜びと、減ることへの恐怖が、常に同時にありました。夜中にダッシュボードを確認して、数字が動いていないかを確かめて、動いていたら暗い気持ちのまま眠る。そういう日が続きました。
ある時期から、意図的に確認の頻度を下げるようにしました。毎日見るのをやめて、週一回だけにしたのです。それは現実から目をそらしていた部分もあったと思います。でも一方で、「今日どうだったか」に振り回されなくなったことで、少し前を向けるようになったのも事実でした。
去年の秋、私はキャンセルの記録をスプレッドシートにまとめてみたことがあります。件数ではなく、タイミングや前後の行動、もし問い合わせがあればその内容、という形で整理していきました。
最初は辛い作業でした。でも続けるうちに、ある傾向が見えてきました。「ある特定の操作の後にキャンセルするケースが多い」「登録後30日以内の離脱が、長期ユーザーより圧倒的に多い」という事実です。怖くて見ていなかった数字に、実は話しかける余地があったのです。
それでも、個々のユーザーの感情はわかりません。あのメールが来るまでは、ずっとそう思っていました。
あのメールをもらって、私が一番強く感じたのは「申し訳なさ」でも「悲しさ」でもなく、「ちゃんと届いていたんだ」という感覚でした。
毎月お知らせを出して、機能を改善して、バグを直して。それが誰かに届いているかどうか、正直わからなくなる時期があります。反応が少ないと、誰も見ていないような気持ちになります。「また作ったけど、誰得なんだろう」と思う夜もあります。
でも、あのメールは違いました。使ってくれていた。気に入ってくれていた。それが言葉になって届いた。去り際だったとしても、それは確かな証拠でした。
私がその返信に「参考にします」と書いたのは、お世辞ではありません。実際に、翌週にその操作画面を小さく改修しました。作業時間でいうと、2〜3時間程度のものでした。
変更後の翌月、同じ流れで離脱していたと思われるユーザーの数が、体感で減ったように感じました。正確な数字で断言できるほどのサンプルではないけれど、少なくとも「変えてみてよかった」とはっきり思えました。ひとつの別れのメールが、残ってくれた人たちへの改善につながった。そのことは、今でも不思議で、ありがたいと思っています。
星のついたレビューも、SNSでの言及も、もちろん嬉しいです。でも、あのメールの方が深く刺さった理由を、ずっと考えていました。
たぶん、「選ばれた言葉」だからだと思います。レビューは書こうと思えばいつでも書けます。SNSへの投稿も、タイムラインの流れの中で生まれることが多い。でも、去る前にわざわざメールを書くという行為は、そうはいきません。時間をかけて、送る宛先を決めて、件名を考えて、文章を書く。その手間の中に、本物の気持ちが宿っている気がしました。
匿名でも、義務でも、なかった。ただ、言いたかったから書いた。それが伝わってくる文章でした。
この一件があって、私はひとつ小さなことをするようにしました。自分が使っているサービスを解約するとき、気に入っていたなら一言メールを送るようにしたのです。
最初は少し勇気が要りました。「こんなメール、迷惑じゃないか」と思ったりもしました。でも送ってみると、返信が来ることが多くて、そのやりとりの中で気づきを伝えられることもありました。送って後悔したことは、一度もありません。
小さな行為が、誰かの続ける理由になるかもしれない。そう思うと、解約ひとつとっても、少し違う意味を持つようになりました。
このエッセイを書きながら、もしあの方がどこかで読んでくれていたら、と思っています。
あなたのメールは、ちゃんと届きました。それだけじゃなくて、私の何かを変えてくれました。使ってくれていたこと、言葉を残してくれたこと、本当にありがとうございました。
個人開発をしていると、自分が作ったものが誰かの生活に触れているという実感が、想像以上に薄れていく時があります。でも、ユーザーとの接点はいつも意外なところにあって、時にそれは、別れの瞬間だったりします。
キャンセルを恐れなくなったわけではありません。今でも通知を見るたびに、少し息をのみます。でもあの一通があって以来、数字の後ろに人がいることを、もう少しちゃんと思い出せるようになった気がします。
続けていてよかった、と思える日の燃料は、意外と小さな場所に落ちています。
Lily(@bokuwalily)― 個人開発者。AIと二人三脚で、iOSアプリやWebサービスを作っています
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Lily(@bokuwalily)― 個人開発者 / AI導入・業務自動化のコンサルタント。AIと二人三脚でiOSアプリやWebサービスを作りながら、企業のAI導入と自動化の相談を受けています
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