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「チップをリクエスト」で著者にチップの受け取り設定をお願いできます

リリース日を決めた日のことは、よく覚えています。「3月末を目標にしよう」と手帳に書いたとき、なぜか少しだけ晴れやかな気持ちになりました。やることは山積みでも、日付さえ決まれば走れる気がした。そう思って、ペンを置きました。 でも3月末は来て、静かに過ぎていきました。4月も、5月も。…
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「チップをリクエスト」で著者にチップの受け取り設定をお願いできます
リリース日を決めた日のことは、よく覚えています。「3月末を目標にしよう」と手帳に書いたとき、なぜか少しだけ晴れやかな気持ちになりました。やることは山積みでも、日付さえ決まれば走れる気がした。そう思って、ペンを置きました。 でも3月末は来て、静かに過ぎていきました。4月も、5月も。 それからずっと、同じことを繰り返しています。新しい日付を決めて、その日付が来ると「もう少しだけ」と先に動かして、また決めて、また動かす。誰かに怒られるわけでも、ペナルティがあるわけでもありません。自分だけが知っている締め切りを、自分だけが何度も破っている。そのことについて、今日は少し正直に書いてみようと思います。うまく整理できるかわからないけれど、同じ経験をしている人に届けば嬉しいです。
Lilyが最初のアプリを作り始めたのは、仕事の合間を縫った週末作業でした。「まずは自分で使えるものを」と決めて、機能は絞って、シンプルに仕上げるつもりでした。
リリース日を公言しなかった理由は、はっきりしています。失敗したくなかったから。宣言して守れなかったとき、誰かにがっかりされるよりも、誰にも言わずに作っていたほうが気が楽だった。もし出せなくても、自分の中だけで完結するなら、傷つかなくて済む。そう思っていました。
今思えば、その「傷つかなくて済む」という選択が、ずるずると後ろ倒しを許す温床になっていたのかもしれません。失敗が見えないということは、前進も見えないということで、気づかないうちに立ち止まっていても誰にもわからない状態が続いていました。
最初の締め切りを動かしたとき、理由は「もう少し整えたい」でした。UIが雑すぎる、エラー処理が足りない、オンボーディングが不親切すぎる。
どれも嘘ではありませんでした。でも、どれも本当の意味で「リリースしない理由」にはならないことも、うすうすわかっていました。「整えたい」の裏側に、「怖いから先延ばしにしたい」という気持ちがあることに、見ないふりをしていました。
ある日、手帳をさかのぼって数えてみました。
「〇月末」と書いた日付の数を拾っていったら、7回ありました。最初の目標から数えると、だいたい11か月が経っていました。
7回。
声に出してみると、思ったより多くて、少し笑えました。笑えたのはたぶん、もう開き直るしかなかったからだと思います。怒りよりも先に笑いが来たのは、自分でも意外でした。7回という数字が、どこかコメディみたいで。でも笑った後に、じわじわと「これはちょっと向き合わないといけないな」という気持ちが来ました。
期限を7回動かした頃、個人開発者向けのDiscordコミュニティで、ある人の投稿を見ました。
「6割の出来でもとりあえずリリースしました。使ってくれる人が1人でもいたら続けられる気がする。」
その人のことはよく知りません。名前もアイコンもうろ覚えです。でも、その一文がしばらく頭から離れませんでした。「6割」という具体的な数字と、「1人でもいたら」という小さな期待の組み合わせが、なぜかリアルに刺さって。
私が「整ってない」と思っていた部分と、その人の「6割」は、たぶんほぼ同じくらいの状態だったはずです。それでもその人は出していた。私は出していなかった。その違いは技術力でも時間でもなくて、「まあ、出してみるか」という気持ちの一歩だったんだと思います。
その投稿を見た翌日、Lilyは一つ決めました。「今週末、出す」。
整ってないところに目を向けるのをやめて、「今の状態で誰かに触ってもらえるか」だけを基準にしました。エラーで落ちたり、入力した情報が消えたりしなければ、いったん出していい。そう決めて、その週末に公開しました。
完璧ではありませんでした。でも、誰かに触ってもらえた。SNSでシェアしたら3人の方が試してくれて、「使いやすかった」という一言をもらいました。7回ずらしてきた11か月よりも、その週末の2日間のほうが、ずっと多くのものを受け取れた気がしました。
リリースしてから、ずっと考えていることがあります。
誰にも言っていない締め切りって、本当は何のためにあるんだろう、ということです。
締め切りが外から来る場合、意味は明確です。仕事の納期なら、守らなければ誰かに迷惑がかかる。試験の期日なら、その日に受けなければ機会が消える。でも、誰にも宣言していない「3月末」は、何かを守るための締め切りではありません。破っても誰も困らない。でも、自分の中では「また守れなかった」という事実が静かに積み上がっていく。
自分で決めた期限は、モチベーションを保つためのものだと思っていました。「この日まで」という区切りがないと、作業が永遠に終わらない気がするから。
でも実際には、その期限が近づくたびに「まだ間に合う」「もう少し待てばもっとよくなる」という引力が強くなっていきました。締め切りが近いほど怖くなって、遠くに逃げたくなる。7回動かした理由を振り返ると、技術的な問題が原因だったのは最初の1〜2回で、残りはだいたい「なんとなく不安」でした。
締め切りは私を前に進めるための道具のつもりだったけれど、いつの間にか「守れなかった自分」を責めるための檻になっていました。
7回動かした末に気づいたのは、日付そのものには意味がなかった、ということです。
3月末でも4月末でも、待っている人は誰もいない。変わるのは自分の気持ちだけ。それなら、「よい状態で出すための締め切り」より「出すことを決める覚悟」のほうが、ずっと必要だったのかもしれません。締め切りを道具として使うなら、自分を前に進めるものでないと意味がない。守れなかったことを責めるためだけに存在する締め切りは、むしろ邪魔でした。
今でも、締め切りを決めます。決めないと何も動かないのは本当のことだから。
でも、決め方と使い方を少し変えました。
以前は「〇月末にリリースする」と決めていました。今は「〇月末に、出すか出さないかを判断する日にする」と決めています。
小さな違いに見えますが、気持ちの負荷がぜんぜん違います。決める日が来たとき、「出せる状態か」を確認して、出せるなら出す。出せないなら、何が足りないかを一行書いて、次の判断日を決める。この方法にしてから、無駄に自分を責める時間が減りました。「守れなかった」ではなく「今日は出さないと判断した」になるので、少しだけフラットでいられます。
もう一つ変えたのは、「何があれば出せるか」の基準を最初に決めておくことです。
動く、情報が消えない、エラーで落ちない。この3つが揃っていれば出す。デザインが荒くても、機能が少なくても、この基準さえ満たせばリリースしていい、と最初に決めておきます。
完成のゴールポストを作りながら動かし続けていたときと、出す基準を先に設定しておくときでは、作業のしかたが少し変わります。前者は「まだ足りない」が続き、後者は「あとこれだけ」になる。「あとこれだけ」のほうが、ずっと終わりに近づいている感覚があります。
それでも期限をずらすことはあります。そのとき、なぜずらすのかを一行だけ書くようにしました。
「UIのこの部分が動かない」「体調が悪かった」「気持ちがついてこなかった」。理由が明確なら、次の期限設定が現実的になります。「なんとなく怖かったから」と書いたとき、それはそれで正直な理由だし、それなら何が怖いのかを少しだけ考えるきっかけになります。
ずらすこと自体を悪だと思うのをやめたら、少し楽になりました。問題はずらすことではなくて、なぜずらすのかを自分でも把握できていなかったことだったと思います。
今も、作っています。
締め切りを7回動かしたあのアプリは、今も稼働しています。使ってくれている方が少しいて、たまにフィードバックが届いて、そのたびに「出してよかった」と思います。
「完璧じゃなかったから出せた」という言い方が正確かどうかはわかりません。でも、「完璧になってから出そう」と思い続けていたら、今も出していなかったと思います。
個人開発の締め切りは、守るためのものじゃなくてもいいのかもしれません。前に進むための口実として使えれば、それで十分。守れなかった数を数えるより、出したものを数えるほうが、ずっと作り続けられる気がします。
自分だけが決めた日付を、自分だけが何度も動かしながら、それでも作ることを続けているあなたへ。Lilyも、同じです。
Lily(@bokuwalily)― 個人開発者。AIと二人三脚で、iOSアプリやWebサービスを作っています
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Lily(@bokuwalily)― マーケ組織50名規模を統括するCMOを経て、いまは個人でiOSアプリやWebサービスを作っています。集客・導線設計と、AI導入・業務自動化の相談を受けています
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