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アプリにチップ欄を追加したのは、去年の秋口のことです。正確には、追加の実装そのものは30分もかかりませんでした。でも、その「公開する」ボタンを押すまでに、わたしは2週間ほど迷いつづけていました。 無料で配っているものにお金を受け取る仕組みをつける。それがこんなにも怖いことだとは、…
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Lily さんへの応援になります
アプリにチップ欄を追加したのは、去年の秋口のことです。正確には、追加の実装そのものは30分もかかりませんでした。でも、その「公開する」ボタンを押すまでに、わたしは2週間ほど迷いつづけていました。 無料で配っているものにお金を受け取る仕組みをつける。それがこんなにも怖いことだとは、やってみるまで気づきませんでした。きっと同じ気持ちで迷っている人がいるはずだと思って、この話を書くことにしました。失敗したこと、恥ずかしかったこと、それでも続けている理由も含めて、できるだけ正直に。
「個人開発で収益化を目指すべきか」という話題は、コミュニティでもよく見かけます。広告を貼る、サブスクにする、有料プランをつくる。いろんな選択肢があって、それぞれに成功事例もあります。
でもわたしは、どれもしっくりきませんでした。広告はユーザー体験を壊したくなかったし、サブスクにするほど継続的な価値を出し続ける自信もなかった。有料プランは、機能を分けてどちらかを「格下げ」にする感覚が嫌でした。
そんなとき、海外の個人開発者のブログで「Buy me a coffee」のリンクをフッターに置いているのを見て、あ、これだと思ったのです。強制しない。義務にしない。ただ、「もし気に入ってくれたなら」という扉だけそっと開けておく。
技術的には本当に簡単でした。既存のサービスを使って、数行の設定をするだけ。アプリのページに小さいバナーを置いて、「コーヒー1杯分で応援」というボタンを設置する。それだけです。
ところが実装を終えたあと、わたしは公開できなくなりました。
頭の中でこんな声がしていました。
「このアプリ、本当にお金をもらえるレベルなの?」 「まだバグがあるのに、支援を募るのはおかしくない?」 「そもそも月間アクティブユーザーが50人もいないのに、チップ欄なんて笑われるんじゃないか」
これが「資格問題」です。自分にはまだその資格がない、と思い込んでしまう心の動き。完璧になってから。もっとユーザーが増えてから。もっと実績が出てから。そういう条件を自分に課して、行動を先送りにしてしまうやつです。
2週間ぐらい迷ったあと、ある夜、ノートに「何が怖いのか」を書き出してみました。
出てきたのは、大きく3つでした。
ゼロが続くことへの恐怖です。チップ欄があって、誰も押さない状態。それは「このアプリには価値がない」という答えを突きつけられる気がして、だったら最初から置かないほうがいいとすら思っていました。
でもよく考えると、チップ欄がない状態は「答えが出ていない状態」です。押せる扉がなければ、押すことすらできない。ゼロという結果は怖いけれど、「測定すらしていない」よりはずっとマシなはずでした。
リリース告知をSNSでするとき、フォロワーの中には知り合いもいます。「あの人、お金取り始めたんだ」と思われることへの恥ずかしさがありました。
これは正直、今でも少し残っています。でも、チップは強制ではないし、知り合いに押してほしいわけでもない。もし知り合いが見て「あ、そういう選択肢もあるんだ」と思ってくれたなら、それはそれで何か伝わったことになる、と考えるようにしました。
これが一番根深い恐怖でした。作ることへの純粋な動機が、お金を置いた瞬間に汚れる気がしていました。
でもこれ、冷静に考えると変な話ですよね。飲食店が「美味しいものを作りたい」という気持ちで料理していても、お金を受け取っても汚れない。むしろ対価をもらうことで長く続けられる。個人開発だってそうなんじゃないか。好きで作っているのと、続けるための応援をもらうのは、矛盾しない。
ある火曜日の朝、通知を消したままコーヒーを飲みながら、えいっと公開しました。Twitterには「チップ欄を置きました。気が向いたらどうぞ」という一文だけ書いて、告知というより独り言に近い感じで投稿しました。
その日は何も起きませんでした。
2日後も、何も起きませんでした。
「やっぱりな」と思いつつも、なぜか落ち込みは思ったより浅かったのです。扉を開けた、という事実だけで、なんとなく前に進んだ感覚がありました。
公開から10日ほど経ったある夜、メールが届きました。件名は「Someone just bought you a coffee!」。
開くと、500円の支援と一緒に短いメッセージがついていました。「毎日使ってます。ありがとう」と。
ものすごく泣きました。声を出して、というわけではないのですが、目から水が出てきて、画面がぼやけました。
500円です。コーヒー1杯分です。でも、その金額の問題ではありませんでした。誰かが、自分のお金を、自分の意志で、わたしのアプリのために使ってくれた。その事実がとてつもなく大きくて、しばらく画面を見ながらぼーっとしていました。
アプリのレビューで「助かります」と書いてもらうことは以前もありました。それも嬉しかった。でも、チップと一緒にくる「ありがとう」は、なぜか解像度が違います。
文字だけだと、どこかに距離があります。でもお金が動く行為には、決断があります。財布を開けて、金額を見て、ボタンを押す。その手間をわざわざかけてくれたということが、言葉に重さを与えていました。
この経験があってから、わたしは自分も好きなアプリや個人開発者さんにチップを送るようになりました。「使ってます」というひと言と、300円の両方を届けることで、何かが変わると知ったからです。
チップが届いてから、アプリの更新頻度が少し上がりました。
これは自分でも驚きでした。誰かが使ってくれているとは頭でわかっていても、手が動かない時期ってあります。でも「毎日使ってます」という一言と500円が届いたとき、「この人のために、もうちょっとよくしよう」と思えたのです。
義務感ではなく、ちょっとした借り返しのような感覚です。もらったから返したい、ではなく、喜んでいる顔が見えたから、もっと喜ばせたい。それだけです。
最初のチップが届く前の10日間、ゼロが続いていました。怖れていたことが起きていたわけです。
でも実際には、思っていたほど辛くありませんでした。理由は多分、「ゼロ」は「価値がない」の証明ではなかったからです。使ってくれている人はいる。でも今日はチップを押すタイミングじゃなかった。それだけのことでした。
ゼロを「否定」と読まない練習ができた期間でもありました。
具体的なことはほとんど書けませんが、一つだけ。
「まだ早い」と思っているなら、多分もう遅くはありません。
バグがあっても、ユーザーが少なくても、完成していなくても、チップ欄は置けます。強制ではないから、置くこと自体は誰も傷つけません。「もし気に入ってくれたなら」という一言は、値段をつけることとはまったく違う行為です。
わたしは公開するまで2週間迷って、最初の10日はゼロで、500円が届いて泣きました。
怖くて当然です。でも怖さは、やってみたら少しずつ小さくなりました。
コーヒー1杯分のお金が届く日は、きっとどこかにあります。
Lily
Lily(@bokuwalily)― 個人開発者。AIと二人三脚で、iOSアプリやWebサービスを作っています
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Lily(@bokuwalily)― マーケ組織50名規模を統括するCMOを経て、いまは個人でiOSアプリやWebサービスを作っています。集客・導線設計と、AI導入・業務自動化の相談を受けています
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