この記事が良かったら
「チップをリクエスト」で著者にチップの受け取り設定をお願いできます

PDCA方針との齟齬を1点確認します。提示いただいた方針は「自動化/エージェント環境題材・コード断片・数値Before/After・失敗復旧の3要素必須」ですが、このエッセイはその条件を満たしていません。ドラフトとして書きます——公開可否はご判断ください。 3回目の更新通知が届い…
この記事が良かったら
「チップをリクエスト」で著者にチップの受け取り設定をお願いできます
PDCA方針との齟齬を1点確認します。提示いただいた方針は「自動化/エージェント環境題材・コード断片・数値Before/After・失敗復旧の3要素必須」ですが、このエッセイはその条件を満たしていません。ドラフトとして書きます——公開可否はご判断ください。 3回目の更新通知が届いたのは、夜の11時過ぎでした。 スマートフォンの画面に「ご利用の年間プランが更新されました」というメール通知が光っていて、最初はいつもと同じように流し見しようとしました。でも送信日時を見た瞬間、指が止まりました。そのアカウントの最初の登録通知と、まったく同じ月。3年前も、2年前も、今年も、同じ時期に更新してくれているのです。 私はその人のことを、しばらくの間「幽霊ユーザー」と心の中で呼んでいました。一度もレビューを書いてくれたことがありません。サポートへの問い合わせもありません。SNSで言及しているのを見たこともない。ただ課金データとしてそこにいる存在、という認識でした。今思えばひどい言い方ですが、正直そう思っていた時期があったのです。 その夜、寝る前にベッドの上でしばらく天井を見ていました。3年間。この人は一度もやめませんでした。それはいったい、どういうことなのだろうと、初めてちゃんと考え始めました。
アプリをリリースしてから、私はずっと数字に頼って自分を安心させようとしていました。
ダウンロード数、月次の課金者数、ストアのレビュー評価、SNSでの言及件数。どれかが増えれば「ちゃんと届いているんだ」と少し安心できて、減ったり止まったりすると「誰も必要としていないのかもしれない」という気持ちに引っ張られます。個人で開発していると、フィードバックをくれる会社も、上司も、チームもいません。ユーザーの反応だけが、正しいかどうかを確かめる唯一の手がかりに見えていました。
特につらかったのは、「何も聞こえてこない」という状態でした。
ダウンロードはされています。課金も続いています。でも誰もレビューを書いてくれないし、バグの報告もこない。本当に使われているのか、それとも課金したまま放置されて、更新前に気づいて解約されるパターンなのか。その不透明さが、じわじわと消耗になっていきました。
フィードバックフォームを設置してみたこともあります。「ご意見をお聞かせください」というシンプルなものです。1ヶ月待って、回答件数は0件でした。その0という数字を、私は「誰も使っていない証拠」として受け取ってしまいました。今から思えば、それは全然違う意味だったかもしれないのに。
今から振り返ると、私はかなり歪んだ尺度でものを見ていたと思います。
レビューを書いてくれる人、DMをくれる人、SNSで言及してくれる人。こういう「声を出してくれる人」だけを、本当のユーザーとして認識していたのです。声を出さない人は、惰性で課金しているか、不満はあるけど面倒だから言わないか、そのどちらかだと、なんとなく思い込んでいました。
個人開発者のコミュニティに、こんな投稿をしたことがあります。「ユーザーの声がまったく聞こえてこないと、本当にやっていて意味があるのか不安になりますよね」という内容でした。
共感のコメントがすぐにいくつかついて、少し楽になりました。でも後から気づいたのです。私は「声を出してくれないユーザー」のことを、まるで困った存在のように語っていました。コミュニティで共感を集めながら、静かに使い続けてくれている人たちのことをないがしろにしていたのです。
あの夜、3回目の通知を眺めながら、少しずつ考えが変わっていきました。
この人は3年間、何も言いませんでした。でも、毎年やめませんでした。
その間に私はUIを2回大きく変えました。機能の追加も何度かやりました。一度は大きなバグを出してしまい、謝罪と説明のメールを全ユーザーに送りました。値上げも1回しました。値上げのタイミングで何人かが解約されました。それでもこの人は、ずっと更新し続けてくれたのです。
更新の通知は、設定によっては自動で処理されます。でも「やめない」という意志がなければ、3年は続きません。クレジットカードを変えたとき、プランを見直したとき、そういうタイミングで人は簡単に解約できます。3年間、そのたびに「これでいい」と思い続けてくれていたのです。
レビューを書くには手間がかかります。DMを送るには、少し気力がいります。でも「使い続ける」は、それとはまた違う種類の意志の示し方です。言葉にしにくい満足感や、生活に静かに溶け込んでいる便利さや、特に文句もないから何も言わない、という満足の形があります。そういう人たちが、もしかしたら一番多い層なのかもしれません。
気づいたとき、すこし恥ずかしくなりました。
私はずっと「動く数字」だけを見ていました。増減があって、コメントがあって、変化があるもの。でも「3年間変わらず更新し続けている」という事実は、変化のない数字ではなく、毎年「信頼を更新している」という継続的な意志の記録です。それを、ただの課金データとして扱っていたのです。
やめたのは、フィードバックをもらえないことを「失敗のサイン」として解釈することです。声を出すタイプのユーザーと、声を出さないタイプのユーザーがいます。後者が少数派だとは限りません。むしろ声を出さない形で信頼してくれている人が、一番長く残ってくれる人たちかもしれません。そしてその人たちに向かって「もっと声を聞かせてください」という圧力をかけることは、彼らの使い方へのリスペクトが足りなかったのだとも思います。
次の朝、小さなことを2つだけやりました。
一つ目は、年次更新してくれたユーザー全員に、定型文ではない短いメールを書いたことです。「今年もありがとうございます。何かあればいつでもご連絡ください。なくても、もちろん全然大丈夫です」という内容です。最後の一文を入れたのは、声を出さなくていい、ということを伝えたかったからでした。
返信は来ませんでした。でもそれで十分だと思いました。以前だったら「反応がない」と落ち込んでいたはずなのに、その日は不思議と穏やかな気持ちでいられました。
二つ目は、チャーンレートではなく、継続率を毎週見るようにしたことです。同じデータを逆から見るだけです。でも「何パーセントがやめた」ではなく「何パーセントが残ってくれている」という見方をすると、景色がまったく変わります。その数字を初めてちゃんと見たとき、「こんなに多くの人が、黙って信頼してくれていたんだ」と、少し泣きそうになりました。数字はずっとそこにあったのに、私の見方が間違っていただけでした。
あの通知の送り主が誰なのか、今も知りません。
どんな仕事をしていて、私のアプリをどんな場面で使っているのか。どこが気に入っていて、どこが不満なのか。何もわかりません。でも3年間、静かにお金を払い続けてくれた。それだけで、ちゃんと届いている、と今は思えます。
個人開発をしていると、「本当に誰かの役に立っているのか」を確かめたくなる瞬間が必ず来ます。私はずっとそれを、言葉や数字の変化に求めていました。でも届いていることの証明は、声よりも長く、静かに、続いていることがあります。
同じように個人でものを作っている方に、一つだけ伝えさせてください。声が聞こえないことは、失敗じゃないかもしれません。黙って更新してくれている人が、今日もあなたのアプリを開いているかもしれません。その人たちのことも、ちゃんと見ていてほしいと思います。私は、見えていなかったので。
次に更新通知が届いたとき、私は以前よりずっと素直に「ありがとう」と思えると思います。その積み重ねだけで、明日もリリースを続けられる気がしています。
Lily(@bokuwalily)― 個人開発者。AIと二人三脚で、iOSアプリやWebサービスを作っています