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あれは確か、11月のことでした。仕事を終えてからお風呂に入り、いつもどおりスマートフォンをぼんやり眺めていたとき、ふとあるアイデアが頭に降ってきました。最初はただの思いつき——「こういうものがあったら便利かも」というくらいの話でした。でもその夜は違いました。布団に入っても、目を閉…
この記事が良かったら
「チップをリクエスト」で著者にチップの受け取り設定をお願いできます
あれは確か、11月のことでした。仕事を終えてからお風呂に入り、いつもどおりスマートフォンをぼんやり眺めていたとき、ふとあるアイデアが頭に降ってきました。最初はただの思いつき——「こういうものがあったら便利かも」というくらいの話でした。でもその夜は違いました。布団に入っても、目を閉じても、そのアイデアが頭から離れてくれないのです。 気づいたら時計は0時を過ぎ、1時を過ぎていました。眠れないならいっそ、とノートパソコンを開きました。メモを書き始めると止まらない。機能の一覧、ターゲットのユーザー像、名前のアイデア。夢中でタイピングしていたら、画面の右下に「2:07」という数字が見えました。 そこで気づけばよかったのに、わたしはドメイン登録サービスを開いていました。名前をタイプして、空き確認して、カートに入れて、決済する。気づいたら終わっていました。年間費用は千円ちょっと。でも、なぜかその瞬間、少し震えていました。
振り返ってみると、昼間にアイデアを思いついても、わたしはだいたいすぐに自分で潰してしまいます。「似たものがすでにある」「続けられるかわからない」「技術的に難しそう」——そういった声が、考える前から浮かんでくるのです。
でも深夜は違います。抑制が薄れる、とでも言えばいいのでしょうか。疲れているせいか、余計なことを考えずに「面白そう」という感覚だけが前に出てきます。リアリストな自分が寝ている間に、クリエイターの自分だけが起きている。そんな感じです。
深夜に作られたものには、昼間では出てこなかったエネルギーが宿っていることがある——そう思うようになったのは、あのドメイン購入の夜からです。
翌朝、目が覚めてすぐに昨夜の記憶が戻ってきました。「あ、ドメイン買ったんだ」。
恥ずかしいというより、少し可笑しかったです。深夜テンションで千円ちょっと使っただけなのに、妙に「やってしまった」感がある。衝動買いして翌朝後悔する、あの感じに近いのですが、でも後悔ではないのです。なんというか、「やっちゃったな、でも悪くないかも」という、複雑な気持ち。
メールを確認すると、ちゃんとドメインの登録完了通知が届いていました。それを見たとき、不思議と「本当にあったんだ」という実感が湧いてきました。思いつきが、デジタルの空間に一つの名前として存在し始めた。そのことが、妙にリアルでした。
わたしは個人開発を何度か試みたことがありますが、ほとんどはローカル環境で止まっていました。「もう少し完成してから」「もう少しきれいになってから」——そう言い訳をしながら、結局外に出さずに消えていく。そのパターンをずっと繰り返していました。
でも今回は違いました。ドメインを買ってしまっている。使わなくても年間更新が来る。それだけで、「なんとかしなきゃ」という気持ちが生まれました。千円ちょっとのコストが、サボれない理由になったのです。
経済学的には「埋没費用」といって、すでに払ってしまったコストを理由に判断を歪めてはいけない、というのが正解らしいです。でも個人開発においては、この「もったいない」という感覚がときに推進力になります。
ドメイン料金を取り返すことはできません。でも「あの夜の自分が買った」という事実は変わらない。そのことが、不思議と「続けよう」という意志につながっていきました。課金ではなく、宣言。そういう感覚に近かったです。
もう一つ気づいたことがあります。ドメインを買ったとき、わたしは誰にも言っていませんでした。SNSで発表したわけでも、友人に話したわけでもない。ただ、自分とドメインレジストラの間だけで完結した取引。
でもそれが良かったのかもしれません。外部からのプレッシャーではなく、「自分が自分に対して約束した」という感覚。失敗しても恥ずかしくないし、成功しても自慢しなくていい。ただ、あの深夜の自分に対して誠実でいたかった。それだけでした。
正直に書くと、その後の開発は順調ではありませんでした。最初の一週間は熱量が高くて、毎晩何かしら手を動かしていました。でも二週間目からペースが落ち、三週間目には「ちょっと休憩」という名の停止が訪れました。
ドメインは生きているのに、手は止まっている。その状態が一ヶ月ほど続きました。「あの深夜の熱量はどこへ」と思いながら、でも更新通知のメールを見るたびに「まだやめてないんだ」という気持ちが少し残っていました。
個人開発を続けるうえで、わたしが学んだことがあります。「やめる」と「休む」は違う、ということです。
以前のわたしは、一度止まったらそのプロジェクトは「死んだ」と思っていました。でも今は違います。ドメインが生きている限り、プロジェクトは休んでいるだけ。再開していいし、方向を変えてもいい。あの千円ちょっとが、「完全に終わらせること」を少しだけ難しくしてくれていました。
それからわたしは、停滞したときに「再開する儀式」を持つようにしました。コーヒーを入れて、あの夜書いたメモを読み返す。それだけで、少し戻ってこられます。
「準備ができたら始める」というのは、個人開発においてはほぼ永遠に来ません。技術は常に不完全で、時間はいつも足りなくて、アイデアは磨けばきりがない。
でもドメインを買った夜のわたしは、何も準備できていませんでした。技術も、計画も、チームも。あったのは、頭から離れないアイデアと、深夜の衝動と、千円ちょっとだけでした。
それで十分だった、とは言いません。でも「始まった」のは事実でした。
個人開発をしている人に会うと、みんなどこかにそういう「始まりの衝動」を持っているような気がします。深夜に思いついた話、シャワー中に降ってきたアイデア、通勤中に頭から離れなかった問い。
その衝動を大事にしたいと思っています。ロジックで説明できないから価値がない、なんてことはありません。むしろ、説明できないくらい「刺さった」ということは、何かを示しているはずだから。
このエッセイを書きながら、あの夜のことをよく思い出しています。眠れなくて、でも不思議と清々しかった、あの感じ。何かを始めようとしているときの、少し震えるような感覚。
あの千円ちょっとは、今もちゃんとわたしの中に生きています。プロジェクト自体は今も完成していないし、公開もまだです。でも、存在しています。ドメインが生きている限り、わたしのアイデアも生きている。それで今は十分だと思っています。
もし今、深夜に画面を見ながらアイデアがグルグルしているあなたがいたら、ドメインを買うかどうかはともかく、その衝動を少し大切にしてほしいと思います。それはたぶん、何かが「始まろうとしているサイン」だから。
おやすみなさい。あるいは、おはようございます。今夜も深夜に、誰かが何かを始めているといいなと思います。
Lily(@bokuwalily)― 個人開発者。AIと二人三脚で、iOSアプリやWebサービスを作っています
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Lily(@bokuwalily)― 個人開発者 / AI導入・業務自動化のコンサルタント。AIと二人三脚でiOSアプリやWebサービスを作りながら、企業のAI導入と自動化の相談を受けています
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