この記事が良かったら
「チップをリクエスト」で著者にチップの受け取り設定をお願いできます

ある夜、SNSを開いたらタイムラインが見知らぬ人のプロダクトで埋まっていました。 半年前にひとりで作り始め、先週リリースしたばかりだと書いてありました。「こんなの欲しかった」「もう使い始めた」「次のアップデート楽しみ」というコメントがどんどん増えていて、Lilyはその画面をしばら…
この記事が良かったら
「チップをリクエスト」で著者にチップの受け取り設定をお願いできます
ある夜、SNSを開いたらタイムラインが見知らぬ人のプロダクトで埋まっていました。 半年前にひとりで作り始め、先週リリースしたばかりだと書いてありました。「こんなの欲しかった」「もう使い始めた」「次のアップデート楽しみ」というコメントがどんどん増えていて、Lilyはその画面をしばらくスクロールし続けました。すごいな、と思いました。本当にすごいと思いました。でもそれと同時に、どこかずっしりとした重さが胸の中に落ちてきた気がして、気づいたら深夜1時を過ぎていました。 あの夜の気持ちを正直に書こうと思います。うれしい話でも成功の話でもなくて、落ち込んで、もがいて、でも小さな一歩を踏み出した話です。個人開発をしていると、誰かの成功を眺めながら重くなる夜が来ることがあると思います。そんな夜を、Lilyも何度か経験してきました。
最初、自分の感情に「嫉妬」という名前をつけるのが嫌でした。
「純粋に尊敬している」「刺激をもらった」と頭では思いたかったけれど、正直なところ全部じゃなかったです。その人のプロダクトを眺めながら、Lilyは自分が作っている(というか、作れていない)ものを思い出していました。半年前から構想だけはあるもの。先月もう少しで完成しそうだったのにやめてしまったもの。「あとで続けよう」と言ったまま、フォルダの中で眠っているもの。
他の人が進んでいるのに、なぜ自分はこんなに遅いんだろう。
そう思った瞬間、うらやましさが輪郭をもって現れた気がしました。認めたくない感情でした。でも本当にあって、胸の中にずっとあって、目を背けても消えなかったです。
個人開発をしている人に話を聞くと、こういう感情を持っている人は意外と多いです。
「あの人の数字を見てしまって、モチベーションが下がった」「バズっているのを見ると自分がみじめに思える」「他の人は進んでいるのに、自分だけ止まっている気がする」。誰も声に出しては言わないけれど、夜にひとり画面を眺めている時に、じんわりとそういう気持ちが来る瞬間がある。
Lilyもあの夜、比べていました。そして比べている自分が嫌で、もっと落ち込みました。うらやましさの上に、「こんなことを感じる自分はダメだ」という罪悪感が積み重なる感じ。重たかったです。
翌日、仕事をしながらぼんやりとあの夜のことを考えていました。
なんであんなにしんどかったんだろう、と。そしてふと思ったんです。全然興味のないジャンルでバズっている人を見ても、Lilyはあんなに落ち込まない。フォローしていない有名人が賞をとっても、「ああすごいね」と思うだけです。なのに昨夜あんなに重くなったのは、あのプロダクトが自分の「まだ諦めていない」領域のど真ん中にあったからじゃないか、と。
うらやましいということは、自分もそこに行きたいと思っているということで。
諦めていたら、うらやましいとすら感じないはずで。あの重さは、まだ諦めていない自分の証拠だったのかもしれない。
その考えが出てきた瞬間、少しだけ息が楽になりました。
嫉妬や羨望を「醜い感情」として蓋をするんじゃなく、「この感情はどこから来ているのか」と逆引きしてみると、自分が本当にやりたいことの地図みたいに見えてくることがあります。Lilyが落ち込んだのは、収益が羨ましかったから、というより、誰かの役に立つプロダクトを世に出せていることへの羨望が大きかったと気づきました。ユーザーがいること。フィードバックがくること。自分の作ったものが誰かの一日の中で使われていること。
ああ、それが欲しいんだ。と思いました。数字じゃなくて、そっちが欲しかったんだ、と。
少し冷静になってから、自分がこの半年で何をしてきたか振り返りました。
ちゃんと振り返ると、痛かったです。
3つ、プロジェクトを始めました。
最初のは、週次のメモを自動で整理するツール。自分が仕事で使えると思って作り始めたんですが、作るうちに「これ、自分以外に使う人いるかな」と思い始めて、止まりました。次は、語学学習をちょっとゆるくできるアプリ。途中まで形になったんですが、似たようなものを見つけてしまって、テンションが落ちました。3つ目は、今もゆっくり作っています。でも「ゆっくり」というのは言い換えると「1ヶ月以上ほぼ触れていない」でもあります。
止まる理由は毎回違いますが、共通しているのは「リリースする前に諦めている」こと。
Lilyが一番正直になれた瞬間は、「怖いから出せないんだ」と気づいた時でした。
誰にも使われなかったら、という怖さ。作ったものを公開して、静寂だったら。誰かに批判されたら。「こんなものか」と思われたら。ちゃんと形にするよりも、「いつか完成する予定のもの」のままにしておく方が、傷つかなくて済む。完璧じゃないまま出すのが怖い。そういう心理が、止まり続ける原因のひとつだったと思います。
感傷的になっても状況は変わらないので、何か一個だけやろうと決めました。
一個だけ。大きいことじゃなくていい。
今作っているプロダクトの、削っても成り立つ機能は何かをリストアップしました。コアじゃないものを全部外して、本当に必要最小限のものだけに絞る作業。これをやったら、思いのほか輪郭がすっきりしました。「この機能がないとダメ」と思っていたものが、実はなくても全然成り立つことに気づいたり。逆に、「あってもなくてもいいか」と後回しにしていた部分が、実は一番大事だったり。
もうひとつ、リリース日を先に決めました。
準備ができたら、じゃなくて、「〇月〇日に出す」と先に決める。準備は、その日に向けて逆算する。完璧じゃなくていい、その日に出せる状態にするだけでいい。そう決めたら、不思議と動き出せました。締め切りがあると人は動くというのは本当で、自分に課した締め切りでもそれはある程度機能するんだと実感しました。
もうひとつだけやったことがあります。
作っている途中のスクリーンショットをSNSにひとつ投稿しました。完成じゃないもの。「こういうの作ってます」という、ただの途中経過。ドキドキしながら投稿して、思ったより反応があって、そのひとつひとつが次の一歩の燃料になりました。見てもらうことで、続ける理由が増えた感じがしました。完成してから公開する、ではなく、作っている間から見せていくことで、自分を少し追い込む効果もありました。
あの夜から少し経った今、Lilyはまたプロダクトを作っています。
完成していないし、リリースもまだです。でも久しぶりにファイルを開いて、少しだけ進めました。そしてそれで今日はいい気がしています。派手な進捗じゃないけれど、動いたことが自分の中でちゃんとした手応えになっていました。
他の人の成功を見てうらやましくなることは、たぶんこれからもずっとあります。
誰かのプロダクトがバズる夜は来るし、自分より進んでいる人を知って落ち込む夜も来るはずです。でも今は、その感情を「ダメな証拠」として恥じなくていいと思えるようになりました。うらやましいということは、まだそこに向かいたいと思っているということ。まだ手放していないということ。諦めた人は、うらやましいとすら思わないはずなので。
あの重さは、信号だったんです。「まだ続けていい」という、自分の内側からの信号。
個人開発って、派手な進捗がなかなか出ないことが多いです。
バズるかどうかは正直運もあるし、すごいものを作っても届かないことがある。それでも、静かに続けている人たちが、気づいたらずっと遠くにいることもある。Lilyはそういう人たちに憧れます。大きな声で「成功しました」と言える日は来なくてもいいから、ずっと手を動かし続けていたい。そのために、うらやましさを恥じずに、地図として使っていきたいと思っています。
嫉妬した夜から少し経って、Lilyはまた作っています。
完成したら報告します。たぶん、不格好でもリリースします。誰かに届くかもしれないし、届かないかもしれない。でも出さないよりはいい。あの夜の重さは、まだ続けていい理由だったんだと思うので。
同じように、夜中にタイムラインを眺めて、じんわり重くなっている人がいたら。その感情はたぶん、欠点じゃないです。まだ続けていい、という自分の中からのサインだと思います。一緒に、ゆっくりでも作っていきましょう。
Lily(@bokuwalily)― 個人開発者。AIと二人三脚で、iOSアプリやWebサービスを作っています