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個人開発をしていると、ふとした瞬間に「なんでこれを作っているんだろう」と思うことがあります。リリース直後の高揚感が落ち着いて、ダウンロード数の伸びが止まって、SNSでの反応も薄くなってくる。そういう時期に限って、届くのはバグ報告だけだったりする。Lilyもそんな時間を何度もくぐり…
この記事が良かったら
Use "チップをリクエスト" to ask the author to set up tip receiving.
個人開発をしていると、ふとした瞬間に「なんでこれを作っているんだろう」と思うことがあります。リリース直後の高揚感が落ち着いて、ダウンロード数の伸びが止まって、SNSでの反応も薄くなってくる。そういう時期に限って、届くのはバグ報告だけだったりする。Lilyもそんな時間を何度もくぐり抜けてきました。 でも今日は、そういう話とは少し違う話をしたいと思います。ある日突然届いた、一通のメッセージのことを。見知らぬ誰かからの「助かりました」という言葉が、どうして今もわたしが作り続ける最大の理由になっているのか、その話です。 感謝されたことを自慢したいわけじゃないし、感動的なエピソードに仕立てたいわけでもないんです。うまくまとまるかわかりませんが、同じように何かを作り続けている人に、少しだけ届けばいいなと思いながら書いています。
リリースから半年ほど経った頃、わたしのアプリは一日平均で十数人に使われていました。月のアクティブユーザーは三百人前後。
最初にその数字を見たとき、「悪くないんじゃないか」と思いました。でも一週間後には「もっと伸びるはずだ」という気持ちに変わっていて、一ヶ月後には「停滞している」という焦りに変わっていました。数字というのは不思議なもので、増えている間はいくら増えても「まだ足りない」になるし、止まった瞬間に「もう終わりかな」という気持ちが忍び込んでくる。
わたしはいつの間にか、アプリのことよりダッシュボードのことを考える時間のほうが長くなっていました。朝起きたらまず数字を確認して、昼も確認して、夜も確認して。前日と変わっていないとため息をついて、少し増えていると「この施策が効いたかな」と仮説を立てて、また翌朝に確認する。そのループをずっと繰り返していました。
今振り返ると、あの頃のわたしはユーザーを人間として見ていなかったと思います。「MAU」「DAU」「リテンション率」という言葉に変換して、折れ線グラフの動きとして捉えていた。
三百人のアクティブユーザーがいるということは、三百人の生活の中にわたしのアプリが存在しているということのはずなんです。それぞれに朝があって、仕事があって、悩みがあって、アプリを開く理由がある。それぞれの夜に、それぞれの疲れがある。当たり前のことなんですが、数字で見ているとそういうことが全部消えてしまいます。気づかないうちに、消えていました。
三月の、平日の午後でした。アプリのお問い合わせフォームから通知が届いて、最初はまたバグ報告かなと思いながら開いたんです。
そこにあったのは、三行のメッセージでした。
「はじめまして。このアプリを使い始めてから、毎日が少し楽になりました。こんなアプリを作ってくれてありがとうございます。本当に助かりました。」
最初、意味が飲み込めなかったんです。クレームじゃない。バグ報告でも機能追加のリクエストでもない。「ありがとう」だけが書いてあった。
しばらくその画面を見つめたまま、何もできませんでした。返信を書こうとしたんですが、最初の一文がなかなか出てこなくて。何度か書いては消して、また書いて。結局、「使っていただいてありがとうございます。そう言っていただけて、作ってよかったと思いました」というような返事を送りました。送信ボタンを押した後、しばらく画面から離れられなかったことを覚えています。
「助かりました」って、すごい言葉だと思います。誰かが何かに困っていて、それが少しでも解消されたということだから。単なる「便利でした」とも違う。困っていたことが、楽になったということ。
わたしはその言葉をもらってから、「どんな場面でこのアプリを使ってくれているんだろう」とずっと考えていました。名前も顔も知らない人。どこに住んでいて、何をしていて、何に困っていたのか。そこまではわかりません。
でも、そこまでわからなくてもいい気がしてきました。この人の生活の中に、わたしが作ったものが存在していた。その一点だけで、十分すぎるほど伝わってくるものがありました。
App Storeのレビューで星5をもらったことも、何度かあります。嬉しいし、ありがたい。でも正直に言うと、あれとはまったく違う感触がありました。
お問い合わせフォームに直接文章を書いて送るというのは、少しだけ手間がかかることです。フォームを探して、文章を考えて、送信ボタンを押す。その手間をかけてまで届けてくれた言葉には、何か特別な重さがある。「この人はわざわざ伝えようとしてくれた」という事実が、言葉に乗っかってくる感じがしました。
数字に変換できない何かが、そこにありました。ダウンロード数にもならない、レビュー評価にもならない、MAUの一人としてカウントされるだけの何か、ではなくて。名前のある、生活のある、感情のある人からの言葉でした。
「助かりました」と言ってもらったそのアプリを作り始めたのは、前に作ったアプリが失敗したからでした。
最初のアプリは、自分が「これは便利だ」と純粋に思って作ったものでした。でも誰にも使われませんでした。ダウンロードはされるのに、一週間後には消されていた。レビューには「使い方がわからない」と書かれて、「わかりやすく作ったつもりなのに」と落ち込みました。何が悪かったのか分析して、UIを直して、再リリースして、また同じ結果で。あの頃はずっと、壁に向かって話しかけているような感覚でした。
あの失敗で気づいたのは、「自分が便利だと思うもの」と「誰かの役に立つもの」は、必ずしも重ならないということでした。
自分のために作ったものは、自分には刺さる。でも自分に刺さるということは、自分と同じ課題を持つ人にしか届かない。しかも自分が課題に気づいていない部分は、作れない。「自分中心で作る」ことの限界に、あの失敗でやっと気づきました。
それから少しだけ方向を変えて、身近にいる人が実際に困っていることをいくつか書き出してみました。技術的にすごいものじゃなくていい。難しいことをやらなくていい。ただ、誰かの「これ不便だな」をほんの少し解消できるものを作ろうと思ったんです。二作目のアプリは、そういう気持ちから始まりました。失敗がなければ、あのアプリは存在していなかった。そしてあのメッセージも、届かなかった。
あのメッセージをもらってから、いくつかのことを変えました。劇的な変化ではないけれど、自分の中でじわじわと意識が変わったと感じています。
ひとつは、フォームへの返信をちゃんと書くようにしたことです。それまでは「ご報告ありがとうございます。確認いたします」という短い定型文を送るだけでした。今は、もう少しだけ言葉を選んで書くようにしています。相手の文章に何か一つでも応えられることを入れるように。相手も人間だということを、丁寧に意識するために。
もうひとつは、アップデートのリリースノートを変えたことです。「バグ修正」「パフォーマンス改善」だけで済ませていたのを、できるだけ「誰の、何が、どう変わるか」を一言添えるようにしました。リリースノートって、読まれていないような気がしていたんですが、これを読んでいる人がいるかもしれないと思ったら、少し丁寧に書けるようになりました。
そして、ダッシュボードを見る頻度を意図的に減らしました。毎日何度も開いていたものを、週に一回にしました。数字が大事じゃないわけじゃないけれど、数字を見過ぎると数字だけを追いかけてしまう。そのことが、あのメッセージをもらってからよくわかりました。数字を見る時間を減らした分、アプリ自体のことを考える時間が増えました。
「助かりました」という言葉は、今もわたしの中に残っています。落ち込んだ時や、またあの「なんで作っているんだろう」という気持ちが来た時に、ひっそりと思い出すものになっています。
個人開発は孤独な作業です。誰に頼まれたわけでもなく、締め切りがあるわけでもなく、やめたって誰も怒らない。そういう環境で作り続けるには、自分の中に何か燃料になるものが必要だと思います。
わたしにとって、その燃料のひとつがあの一言でした。ダウンロード数でも、マネタイズの成果でも、SNSのフォロワー数でもなくて。名前も知らない誰かが、手間をかけて届けてくれたたった三行のメッセージ。
もしかしたら、今この記事を読んでいるあなたのアプリにも、同じような人がいるかもしれません。まだメッセージを送ってきていないだけで、毎日ひっそりと使ってくれている人が。数字には現れていないけれど、誰かの生活の中にちゃんと存在しているものが。
そう考えると、もう少しだけ続けてみようという気持ちになります。その「もう少し」が積み重なって、今日もわたしはコードを書いています。それで十分だと、今は思っています。
Lily(@bokuwalily)― 個人開発者。AIと二人三脚で、iOSアプリやWebサービスを作っています