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「チップをリクエスト」で著者にチップの受け取り設定をお願いできます

バグ報告がうれしかった、なんて言ったら変に思われるでしょうか。 アプリをリリースして数週間が経ったある日の午後、スマートフォンに通知が届きました。見知らぬユーザーから「○○の機能がうまく動きません」というメッセージです。Lilyは最初、画面を見て少し固まりました。でも、怒りでも焦…
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「チップをリクエスト」で著者にチップの受け取り設定をお願いできます
バグ報告がうれしかった、なんて言ったら変に思われるでしょうか。 アプリをリリースして数週間が経ったある日の午後、スマートフォンに通知が届きました。見知らぬユーザーから「○○の機能がうまく動きません」というメッセージです。Lilyは最初、画面を見て少し固まりました。でも、怒りでも焦りでもなく、不思議と胸の奥がほんのりあたたかくなったんです。 この記事は、その感覚をうまく言語化できずにいたわたしが、数日かけてようやく整理できた話です。個人開発をしている方なら、同じような瞬間に出会ったことがあるかもしれません。あるいはこれから出会うかもしれない。そんな方に読んでもらえたらうれしいです。
Lilyが作ったのは、日々の習慣を記録する小さなアプリです。大きな機能もなく、ターゲットも広くなく、「自分が使いたいから作った」という、ありがちな動機でした。リリース直後はSNSで何度か紹介しましたが、インプレッション数は控えめで、ダウンロード数も二桁をうろうろしている程度でした。
そんな状況が続いていたある日、メールに一件のメッセージが届きました。「習慣の記録ページで、日付をまたぐと前日のデータが消えてしまうことがあります」という内容でした。丁寧な文章で、再現できた手順まで書いてくれていました。
正直に言うと、最初の五秒くらいは「やってしまった」という感覚がありました。バグを出したことへの恥ずかしさと、もしかしたら怒られるかもという身構えです。でも、もう一度メッセージを読み返して、なにかがすとんと落ちてきました。
この人は、Lilyのアプリを使ってくれている。
それも、毎日使っていないと気づかないような、日付をまたぐときの挙動を確認するくらいには、ちゃんと使い込んでくれている。
怒りでも焦りでもなく、「あ、知られていたんだ」という、静かな喜びでした。
個人開発をしている方なら、この感覚をわかってもらえると思います。ひとりで設計して、ひとりでコードを書いて、ひとりでデザインを決めて、ひとりでリリースする。誰かに相談することはあっても、最終的な決断もフィードバックも全部ひとりで受け止める毎日です。
Lilyの場合、会社の仕事を終えた夜と週末だけが開発の時間でした。疲れているのに画面を開いて、小さな機能を少しずつ積み上げていく。それ自体は好きでやっていることだから苦にはならないのですが、どこかずっと「これ、誰かに届いているんだろうか」という感覚がついてまわっていました。
アプリをリリースしたからといって、誰かが感想を送ってくれるわけではありません。ストアのレビューも、最初はゼロのまま。アクセス解析を見れば数字は動いているのに、そこに人がいる実感がない。数字って不思議なもので、見えているのに何も感じられない瞬間があります。
バグ報告が届く前、Lilyはその空白にじわじわと慣れていこうとしていました。「まあ、使ってくれている人がいるだけでいい」と自分に言い聞かせながら、でも本当は少しだけさみしかったんだと思います。
バグ報告は、その空白を一瞬で埋めてくれました。
怒りのメッセージでさえなければ、バグ報告というのは実はとても贈り物に近いものだと気づきました。わざわざ時間をとって、再現手順を書いて、送ってくれた。それって、「もっとよくなってほしい」という期待が前提にあるはずです。見捨てているなら、そもそも報告なんてしない。
もうひとつ、気づいたことがあります。バグの内容を読んで、Lilyは自分がどのユーザーの動きを想定していなかったかを理解しました。「日付をまたぐ」という操作は、深夜まで使う人がいて初めて起こります。つまり、そういう使い方をしてくれている人がいるということです。
設計段階では気づかなかった使われ方を、バグが教えてくれたんです。これは、どれだけ自分で想像力を働かせても出てこない情報でした。仕様書も、ユーザーインタビューも、ペルソナ設計も、実際に使ってくれる人の行動には敵わないんだと、そのとき初めて腑に落ちました。
感情の整理がついたところで、Lilyはバグの修正に取りかかりました。原因はわりと早く見つかりました。日付の切り替え処理を書いたとき、深夜0時を過ぎたあとのデータ保存のケースを考慮し忘れていたんです。技術的な話は省きますが、典型的な「自分が使う時間帯でしか試していなかった」ミスでした。
修正そのものより、Lilyが大事にしたのは返信でした。「報告ありがとうございます。数日中に修正をリリース予定です」という短い文章を、できるだけ早く送りました。何日かかるか正確にはわからなくても、「受け取りました」という意思表示だけは先にしようと思ったんです。
返ってきた返信は、「ありがとうございます、楽しみにしています」という一言でした。たったそれだけなのに、Lilyはその日一日、妙に元気でした。「楽しみにしています」という言葉がこんなに力を持つとは、リリース前には想像していなかったです。
今回の一件で、Lilyはひとつ習慣を変えました。リリースノートに「バグ報告・ご意見はこちら」という案内を一行追加したんです。それまでは「お問い合わせ」という曖昧な表現だったのを、もっと気軽に送ってもらえるように言葉を変えました。大きな変更ではないですが、「バグ報告」という言葉を前に出すだけで、心理的なハードルが下がるんじゃないかと思って。
小さな変化でしたが、その後も数件の報告が届くようになりました。そのたびに、Lilyはちゃんとうれしくなります。慣れるかなと思っていたのですが、全然慣れないです。毎回、ちょっとだけ胸があたたかくなります。
個人開発は、本質的に孤独です。それは変えられないし、変えようとしなくていいとLilyは思っています。チームで作ることの良さは別にあって、ひとりで作ることの良さも別にある。すべての人に刺さるものを目指さなくていいし、スタートアップみたいに急成長しなくていい。ひとりのペースで、ひとりの判断で、好きなものを作り続けること自体が価値だと思っています。
でも、孤独の中にも「つながり」の瞬間は来ます。バグ報告はそのひとつでした。ユーザーが「これ壊れてますよ」と言ってくれる瞬間は、製品を通じてコミュニケーションが生まれている瞬間でもあります。
Lilyが今も続けているのは、バグ報告や要望をもらったとき、できるだけ感謝の言葉を具体的に返すことです。「助かりました」「気づかなかったところです」「こういう使い方をしてくださっているんですね」といった言葉を、省略しないようにしています。
忙しいときは短い返信になってしまうこともあります。それでも、送ってもらった人に「ちゃんと届いた」と思ってもらえることが大事だと感じているので、少しだけ丁寧にする、ただそれだけを心がけています。お礼を言えば関係が続くとか、口コミになるとか、そういう計算ではなくて、ただシンプルに、うれしいから伝えたいんです。
あのバグ報告の日から、Lilyの開発に対するスタンスが少し変わりました。以前は「いいものを作らなければ」という義務感が先行することが多かったのですが、今は「使ってくれている人がいる」という感覚を先に思い浮かべるようになりました。
プレッシャーがゼロになったわけではありません。でも、動機の出発点が変わると、次の一歩の重さが違います。「やらなければ」ではなく、「続けたい」という気持ちから動けるようになりました。夜、疲れて帰ってきて画面を開くとき、「誰かが今日も使ってくれているかもしれない」という感覚が、小さな背中押しになっています。
個人開発をしていて、ちょっと疲れてきたな、届いているのかわからないな、と感じているあなたへ。バグ報告を怖れないでほしいとは言いません。ただ、もしそれが届いたとき、ほんの少しだけ違う角度から見てみてください。そこには「使っている人がいる」という、何より確かな証拠があります。
Lilyも、まだまだ途中です。完成したものはひとつもなくて、直したいところだらけです。でも今日も、誰かが使ってくれているかもしれないと思いながら、少しだけ画面を開こうと思います。
Lily(@bokuwalily)― 個人開発者。AIと二人三脚で、iOSアプリやWebサービスを作っています