個人開発を続けていると、ある日突然「もうやめようかな」という気持ちが湧いてくることがあります。Lilyにも、そういう夜が何度かありました。ダウンロード数が止まって、SNSでは誰かがまた新しいプロダクトをリリースして、自分だけ取り残されているような感覚。あの重さは、今でもまだ覚えています。 でも今、こうして文章を書いているということは、やめずに続けてきたということです。特別な才能があったわけでも、一発当てたわけでもありません。ただ、やめなかっただけ。それだけのことが、時間をかけるとじわじわと効いてくるんだなと、最近ようやく実感できるようになりました。 今日は、続けることの話を書いてみたいと思います。技術の話ではなく、気持ちの話です。同じように「なんで自分はまだやっているんだろう」と思いながら作り続けている人に、少しでも響けばうれしいです。
やめそうになった、あの夜のこと
リリースして3週間、ダウンロード数ゼロの週
あれは、個人開発を始めて1年ちょっと経ったころのことです。
ずっと作っていたアプリをようやくリリースしました。自分なりに機能を絞って、デザインも何度も直して、「これなら使ってもらえるかも」と思えるところまで仕上げた、つもりでした。
リリース直後は少し数字が動きました。でも3週間後、ダウンロード数はほぼゼロになっていました。
最初のうちは「まだ始まったばかりだから」と言い聞かせていました。でも毎朝アナリティクスを開くたびにフラットなグラフを見続けていると、少しずつ心が折れていきます。「自分の作るものは、誰にも必要とされていないのかもしれない」という気持ちが、布団の中でじわじわ広がっていく感じ。あの夜の重さは、今でも忘れられません。
比べなきゃいいのに、比べてしまう
そういうタイミングに限って、SNSのタイムラインは残酷です。
誰かが「リリースから1ヶ月でユーザー1000人突破しました」と投稿している。別の人は「個人開発で月収が会社の給料を超えました」と書いている。それを見て、素直に「すごいな」と思えればよかったのですが、当時のLilyにはなかなかそれができませんでした。
「あの人と自分は、何が違うんだろう」とずっと考えていました。センスが違うのか。ユーザーの解像度が違うのか。それとも、自分には向いていないのか。
答えが出ないまま、比べることだけが続きました。
「続ける」ってどういうことか、わかっていなかった
正直に言うと、その時期のLilyは「続ける」という言葉を誤解していました。
続けるというのは、ずっとモチベーション高く、毎日何かを作り続けることだと思っていたんです。だから、やる気が出ない日や、何も作れなかった週があると「自分はちゃんとできていない」と感じていました。
でも今振り返ると、それは全然違いました。
続けるって、「完全にやめない」ことだったんです。毎日完璧にやれなくていい。週に1回しか触れない時期があってもいい。ぼんやり考えているだけの期間があってもいい。それも含めて、「続いている」ということだったんだと、今はそう思っています。
当時のLilyには、この感覚がまだありませんでした。「ちゃんとやれていない自分」を責めながら、ただ疲弊していました。
踏みとどまった理由は、大したことじゃなかった
誰かの「ありがとう」ひとつ
やめようと本気で思っていたある夜、メールが1通届きました。
アプリのお問い合わせフォームからで、短い文章でした。「ちょっとした不具合があって困っていたんですが、このアプリで解決できました。作ってくれてありがとうございます」という内容だったと思います。
それだけです。たった1通。
でも、それを読んだ瞬間、「あ、使ってる人がいたんだ」と思いました。ダウンロード数のグラフじゃなくて、ちゃんと人がいたんだと。当たり前のことなんですが、数字ばかり見ていると、その向こうに人がいることを忘れてしまうんですよね。
その夜、アプリはやめませんでした。不具合も直しました。
1通のメールで気持ちが変わるのか、と思われるかもしれません。でも、そういうものだと思います。やめる理由って、思ったより軽いんです。続ける理由も、同じくらい軽くていい。
ルールを小さくした
もう一つ、自分の中でやり方を変えたことがあります。
それまでは「毎週アップデートを出す」とか「ユーザー数を月10%増やす」みたいな目標を立てていました。でも、そういう目標に追いかけられているうちに、作ること自体が苦しくなっていました。
ある時期から、目標をやめました。代わりに「週に1回、何か小さいことをやる」だけにしました。
バグを1個直す。文言を少し変える。ユーザーさんのフィードバックをただ読む。それだけでいい、ということにしました。
これが、思った以上に続きました。「やらなきゃいけない量」が減ると、不思議とやる気が出やすくなります。小さく動くことが、次の小さな動きを呼ぶ感じがします。
完璧にやろうとしていた頃より、ゆるくやっている今のほうが、実は継続できているというのは、ちょっと皮肉な発見でした。
才能がある人より、やめなかった人が残る
個人開発のコミュニティにいると、「天才っぽい人」に出会うことがあります。作るのが速くて、リリースする数も多くて、毎回注目されているような人。
でも、数年単位で見ていると、そういう人たちが全員続いているわけでもないことに気づきます。速く走ってどこかへ行ってしまったり、燃え尽きて更新が止まったりすることもある。
一方で、地味に続けている人たちは、じわじわと積み上がっていきます。ユーザーも、スキルも、自分の中の「作れる」という感覚も。
才能がないから続かない、というより、才能のある人ほど早く燃え尽きることがある。続けることは、才能とは別の軸にあるんだなと思うようになりました。
Lilyが今もここにいるのは、才能があったからじゃありません。ただ、完全にやめなかっただけです。やめそうになりながら、毎回ギリギリで踏みとどまってきただけです。
それでも、気づいたら数年が経っていました。
「やめそうな自分」を責めなくていい
続けることを目標にしなくていい
ここまで「続けることが大事だ」という話を書いてきましたが、一つだけ正直に言っておきたいことがあります。
「続けること」を目標にしてほしいわけじゃないんです。
続けることを目標にすると、「続けられていない自分」を責めることになる。やめそうな日に罪悪感を感じることになる。それは、本末転倒だと思っています。
目標は、作りたいものを作ること。誰かに届けること。それだけでいい。
「続ける」は目標じゃなくて、結果です。作りたいものがあって、諦めきれなくて、気づいたら続いていた、というのが一番自然な形だと、Lilyは思っています。
やめそうなときに、ひとつだけ
もしいま「やめようかな」と思っているとしたら、一つだけ試してほしいことがあります。
完全にやめる前に、1〜2週間だけ「何もしなくていい期間」にしてみてください。
やめるんじゃなくて、休む。それだけ。
休んでみると、「やっぱりやめたい」という気持ちが本物かどうか、少し見えてきます。休んでいるうちに「あ、あそこ直したいな」という気持ちが浮かんできたら、まだやめなくていいと思います。その気持ちが全然出てこなかったとしても、それはそれで正直な答えです。
どちらにしても、焦って決めなくていいです。
それでも続けている、あなたへ
Lilyは今日、誰かに語りかけたくてこれを書きました。
才能がなくても、続けてきた人は残れます。残れた人がまた誰かの「なんで続けるんだろう」に答えられる。そういう連鎖が、個人開発のコミュニティを静かに支えているんじゃないかと思っています。
あなたが今日も何かを作っているということ、それだけで十分すごいことだとLilyは思っています。
まだやめなくていいです。一緒に、続けましょう。
Lily(@bokuwalily)― 個人開発者。AIと二人三脚で、iOSアプリやWebサービスを作っています
- 制作物・記事は bokuwalily.com にまとめています🖥️
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