この記事が良かったら
「チップをリクエスト」で著者にチップの受け取り設定をお願いできます

数字というものは、なぜこんなに扱いにくいのでしょう。 アプリをリリースしたとき、Lilyはまずダウンロード数を一日に何度もチェックしていました。朝起きてスマホを開く前から、頭の中にその画面が浮かんでいました。0、1、3、5。数字が増えるたびに胸が躍り、止まるとすぐに不安になる。そ…
この記事が良かったら
「チップをリクエスト」で著者にチップの受け取り設定をお願いできます
数字というものは、なぜこんなに扱いにくいのでしょう。 アプリをリリースしたとき、Lilyはまずダウンロード数を一日に何度もチェックしていました。朝起きてスマホを開く前から、頭の中にその画面が浮かんでいました。0、1、3、5。数字が増えるたびに胸が躍り、止まるとすぐに不安になる。その繰り返しを、誰にも話せないままずっと続けていました。 この記事は、そんな「数字をひとりで抱える夜」について書いています。成功の話でも失敗の話でもなく、数字が少なすぎても多すぎても誰かに話しにくい——そのもどかしさと、打ち明けられる場所を見つけたときの感覚を、できるだけ正直に綴ってみます。同じように数字と向き合っている方に、少しでも届いたらうれしいです。
アプリを公開した瞬間というのは、不思議なものです。何ヶ月もかけて作ったものが、ようやく世界に出た。その感覚は本当に、じんわりと温かいものでした。
でも翌朝、ダッシュボードを開いたとき——数字は、ほとんど動いていませんでした。
7ダウンロード。
自分でテストした分と、家族に頼んで入れてもらった分を除くと、実質3人。SNSに告知もしたし、友人にも声をかけました。なのにこの数字。頭では「最初はそんなもの」と分かっているのに、目が離せなくて、夜中にもう一度開いて、また7のままで、そっとスマホを伏せました。
この7という数字を、誰かに話すことができませんでした。
友人に話せば「そうなんだ、大変だったね」という顔をされる気がして。技術系のコミュニティで話せば「まだ伸びしろあるよ」と励まされそうで、それがまたつらかった。励ましてもらいたいのではなく、ただ「7なんだよね」と言いたいだけなのに、その言葉が喉のところで止まってしまうのです。
少ない数字は、まるで自分の実力の証明みたいに感じられて、見せることが怖かった。
あれから数ヶ月、地道に改善を続けて、ダウンロード数が3桁になりました。売上も少しずつ出るようになりました。うれしかった。本当にうれしかったです。
でも——また、話せなくなりました。
「月に〇〇円くらい入るようになって」と友人に言いかけて、途中でやめました。それが大きな金額だったわけではありません。でもその数字を言った瞬間、何かが変わってしまう気がして。「すごいね」と言われることへの居心地の悪さ、あるいは「それだけ?」という反応への怖さ。どちらが来ても怖かった。
同じ個人開発者のコミュニティでも、数字の話は難しいと感じていました。自慢に聞こえたらどうしよう。比べられたら、比べてしまったら。そういう気遣いが先に立って、結局「最近ちょっとずつ動いてます」という曖昧な言葉で誤魔化してしまう。
7のときも、300のときも、数字はいつも胸の中だけにありました。
誰にも言えない数字というのは、思った以上に重いものです。
良い数字が出ても「これはたまたまかもしれない」と打ち消して、悪い数字が出ると「やっぱりそうか」と引きずる。その繰り返しの中で、数字を客観的に見る目がどんどん曇っていきました。0.01%の改善を喜べなくなったり、競合の数字が気になって夜中に調べ始めたり。数字に振り回されているのに、その話を誰ともできない。
ひとり開発というのは、意思決定もリリースも全部自分でできる自由があります。でも同時に、全部の重さを自分で受け取らなければならない。良いことも悪いことも、誰かと分散できずに、ひとりで消化し続ける。それがいつの間にか、けっこう消耗していたと気づきました。
「他人の数字と比べるな」とよく言われます。Lilyも自分にそう言い聞かせていました。でも、比べていないつもりでも、タイムラインに流れてくる「リリースして1週間で1万DL」という投稿を見ると、心がざわつく。それは比べているのか、それとも純粋に自分の数字の話として受け取っているのか、自分でもよく分からなくなっていました。
「比べるな」は答えではなかった。比べてしまう自分をどこかで話せる場所が必要だったのだと、今なら思います。
転機は、小さなオンライン勉強会でした。
参加者が5、6人の、クローズドな場でした。自己紹介のあと、ファシリテーターの方が「最近の数字、正直なところ話してみませんか」と言ったのです。雑談ベースの、プレッシャーのない問いかけでした。
少し沈黙があって、誰かが「実は先月、売上がゼロで……」と言い始めました。
その瞬間、Lilyは少し泣きそうになりました。おかしいですよね、他の人の話を聞いて泣きそうになるなんて。でも「ああ、みんなそういう夜があるんだ」という感覚が、胸のどこかをゆっくりほぐしてくれた気がしたのです。
その流れで、Lilyも話しました。「今月は〇〇ダウンロードで、売上が〇〇円でした」と。緊張しながら言ったその数字に、参加者の誰かが「そのステージ、Lilyさんどうやって乗り越えましたか」と聞いてくれました。評価でも羨望でもなく、純粋な興味として。
その問いに答えながら、Lilyは初めて自分の数字を「情報」として扱えた気がしました。恥でも誇りでもなく、ただの現在地。そこからどう動くか、という話の材料として。
声に出してみると、数字はそこまで怖くなかった。
その体験から、Lilyは一つだけ行動を変えました。
月に一度、同じ個人開発者の知人2〜3人と「数字報告会」と呼んでいる場を持つようにしたのです。Zoomで30分、売上・ダウンロード数・直近の失敗と気づき、それだけを話します。アドバイスは求めない。評価もしない。ただ「今月こうでした」を順番に話すだけ。
この場で決めたルールは一つだけです。「数字に感想を言わない」。良い数字が出ても「すごいね」と言わない。悪い数字が出ても「大変だったね」と言わない。ただ「なるほど、ありがとう」で返す。
最初は変な感じがしました。でも慣れてくると、これが不思議なほど楽でした。評価されないから、正直な数字を出せる。正直な数字を出せるから、自分でも見えていなかった傾向に気づける。先月より改善したこと、ずっと止まっているところ、感情ではなく事実として整理できるようになりました。
Lilyが今思うのは、数字そのものより「数字を誰とも話せない状態」の方が消耗するということです。
良い数字は自慢に見えそうで言えない。悪い数字は恥ずかしくて言えない。その結果、数字は自分の内側でだんだん大きくなって、客観的に見られなくなる。1ヶ月後には「この数字が自分の評価そのもの」みたいな気持ちになっていたりする。
でも実際は、数字はただの測定値です。今日の体温みたいなもので、昨日と違っても、平均と違っても、それだけで何かが決まるわけじゃない。
そういう場所が自然にあればいいのですが、なければ自分で小さく作ることもできます。クローズドなDiscordのチャンネルでも、月一のテキスト報告でも、形はなんでもいい。評価なしに「今月こうだった」を言えるだけで、数字の重さはずいぶん変わります。
もし今、ダッシュボードを誰にも見せられないまま夜中に開いている方がいたら——その数字を、誰かに話してみてほしいと思います。話す相手は、あなたの数字に感想を言わない人がいい。ただ聞いてくれる人が、一人いれば十分です。
Lilyも、まだ数字に揺れることはあります。でも以前ほど、ひとりで抱え込まなくなりました。それだけで、作り続けることが少し楽になった気がしています。あなたの数字が、どんな数字であっても。
Lily(@bokuwalily)― 個人開発者。AIと二人三脚で、iOSアプリやWebサービスを作っています