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Lily さんへの応援になります

はじめてリリースした日のことを、今でも鮮明に覚えています。SNSに告知を投げて、布団の中でスマートフォンをぎゅっと握りしめて、通知が来るたびに心臓が跳ねていました。最初のユーザーが来たのは深夜で、名前はKeiさんでした。 あのとき、Lilyには登録ユーザーが7人いました。7人全員…
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Lily さんへの応援になります
はじめてリリースした日のことを、今でも鮮明に覚えています。SNSに告知を投げて、布団の中でスマートフォンをぎゅっと握りしめて、通知が来るたびに心臓が跳ねていました。最初のユーザーが来たのは深夜で、名前はKeiさんでした。 あのとき、Lilyには登録ユーザーが7人いました。7人全員の名前を言えましたし、どんなきっかけで知ってくれたかも、なんとなく覚えていました。「それはとても小さなサービスですね」と言われればそうなのかもしれないけれど、あの頃の感覚は特別で、ユーザーとの距離がすごく近かった。 それがいつのまにか、全員の名前が言えなくなりました。気づいたのは、ある夜、「そういえばユーザーって今何人いるんだろう」と思って管理画面を開いたときです。数字を見て、なぜか少し寂しくなりました。「あ、もう全員を知ることができないんだ」と。
最初のユーザー7人は、ほんとうに一人ひとりが大切でした。
Keiさんは深夜に登録してくれて、翌日には丁寧なフィードバックのメッセージをくれました。Yukiさんは友人経由で来てくれて、バグを見つけるたびに「応援してます」と一言添えてくれました。Ryoさんは毎週のように使ってくれて、気づいたらLilyの機能の一部はRyoさんの使い方に合わせて形が変わっていました。
全員を名前で呼べる、というのは単なる人数の話ではありませんでした。それは、一人ひとりの声がダイレクトに届く状態のことです。バグを直せば「ありがとう」が来て、機能を追加すれば「これを待ってた」が来て、毎回それが自分への手紙みたいでした。
今思えば、あの時期の開発はユーザーとの会話でした。設計書があるわけでもなく、ロードマップがしっかりあるわけでもなく、「Keiさんがこう言ってたから」「Yukiさんが困ってたから」でコードを書いていました。その場当たり感は今の自分には少し恥ずかしいのですが、でもあの感覚は本物でした。誰かのために作っている、という実感がすごく濃くて。
ユーザーが二桁になったのがいつだったか、正確には覚えていません。気づいたら増えていたんです。
ある夜、管理画面を開いて登録者リストをスクロールしました。最初の数人は名前に見覚えがあります。でもスクロールを続けると、見たことのない名前が続いていました。「この人、いつ来てくれたんだろう」と思いながら、ページの終わりまで辿り着いたとき、頭の中でぼんやりと「あ、全員は無理だな」と感じました。
寂しかったです。正直に言うと、少し怖くもありました。「自分のサービスなのに、使ってくれている人のことを知らない」というのが、どこか罪悪感のようなものを連れてきました。
これ、一人で開発をしている人なら共感してもらえるかもしれないのですが、ユーザー数が増えているのに気分が上がらない、という瞬間があります。本当は喜ぶべきことなのに、「知らない人が増えた」という感覚が先に立ってしまう。
一桁の頃のあの距離感が正しい状態で、それを失ったことが後退のように感じてしまう。でも後から気づきました。それは後退ではなかった、と。
「全員言えない」という状態が何を意味するのかを、しばらくの間、Lilyは間違えて解釈していました。
「自分が手を抜いたから、ユーザーのことを知らないんだ」と思っていました。もっとこまめに名前を覚えて、もっとやり取りして、もっと関係を作っていれば、今でも全員知れたはずだと。
でも、それは違いました。
全員を名前で呼べた時期を支えていたのは、ユーザーとの距離の近さだけではありません。人数が少なかった、というのがそもそもの前提でした。
一人ひとりを知ることができたのは、それが可能な規模だったからです。そして規模が変わったのは、Lilyがずっと続けてきたこと——記事を書いて、告知して、フィードバックを受けて直して——の積み重ねが、少しずつ人の目に触れていったからでした。
「全員言えない」は、「声が届かなかった頃の終わり」でもありました。自分を責めていた時間が、少しだけもったいなかったと思っています。
寂しさを受け入れた後で、やり方を少し変えました。全員を知ることは諦めましたが、「最初に来てくれた人を大切にする」ことに、もう少し意識を向けようと決めました。
具体的には、新しく登録してくれた人がいたとき、最初の一週間以内に「ありがとうございます」の一文を送るようにしました。大きなコミュニケーションではありません。ただの一行です。でも、それをすると返信が来ることがあって、その返信から「この人はこういう用途で使ってくれているんだ」とわかることがあります。
全員の名前を覚えることをやめた代わりに、「声をくれた人の言葉を、ちゃんと受け取る」ことに集中するようにしました。
以前は、フィードバックのメッセージが来ても、忙しい時期には後回しにしてしまうことがありました。今はなるべくその日のうちに返すようにしています。全員を知らなくても、声をくれた人にはちゃんと応える。それが今の自分のやり方です。
100点ではないと思います。でも、ゼロよりはずっとマシで、それで十分だと今は思えています。
あの7人のことは、今でも時々思い出します。
Keiさんはその後どこへ行ったのか、Yukiさんはまだ使ってくれているのか、わかりません。でも、あの時期があったから今があると思っています。一人ひとりの声を受け取りながら形を作っていたあの期間が、今のLilyの骨格になっています。
全員の名前を言えた頃は、サービスが小さくて、でも熱量が一番高い時期でもありました。ユーザーとの距離が近い分、毎回が真剣で、失敗が怖くて、それでも続けていた。あのピリピリした感覚は、今でも財産だと感じています。
人数が増えた今、あの頃の感覚には戻れません。でも、あの頃があったから今の自分がいる、というのは本当のことです。
「全員言えない」は後退ではありませんでした。それはサービスが育った証拠で、同時に関わり方が変わるタイミングの合図でもありました。規模が変われば、やり方も変わります。それは当たり前のことなのに、なぜか「変わること」を責めてしまいそうになります。
変わっていいんだと思います。一桁のときのやり方が正しかったように、今のやり方もまた、今の自分には正しい。
個人開発をしていると、スケールアップの話や、収益化の話や、成長の話をたくさん耳にします。でも、それと同じくらい「あの小さな頃が好きだった」という気持ちを、Lilyはずっと抱えてきました。
前進しているはずなのに寂しくなる、あの感覚。誰かに話すには少し恥ずかしくて、でも無視するには少し大きくて。
もし同じような感覚を持ったことがある人がいたら、それはたぶん正常な感覚だと思います。一桁の頃のあの距離感を「正しい状態」として覚えているのは、それだけその時期に一生懸命だったということでもあります。
ユーザーの名前を全員言えなくなった日は、小さな成長の日でもありました。寂しさと前進は、同じ出来事の裏表です。どちらか一方だけ受け取ろうとせず、両方ごと抱えて、また次のものを作っていけたらいいなと、今のLilyは思っています。
Lily(@bokuwalily)― 個人開発者。AIと二人三脚で、iOSアプリやWebサービスを作っています
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Lily(@bokuwalily)― マーケ組織50名規模を統括するCMOを経て、いまは個人でiOSアプリやWebサービスを作っています。集客・導線設計と、AI導入・業務自動化の相談を受けています
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