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ずっと、「ちょっと作ってるだけ」という言葉を使っていました。 友人に「最近何してるの?」と聞かれるたびに、その一言が口から出てきました。実際には週に何十時間も費やしていたのに。リリースのたびにドキドキして、ユーザーの反応を気にして、眠れない夜もあったのに。それでも「ちょっと」と言…
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「チップをリクエスト」で著者にチップの受け取り設定をお願いできます
ずっと、「ちょっと作ってるだけ」という言葉を使っていました。 友人に「最近何してるの?」と聞かれるたびに、その一言が口から出てきました。実際には週に何十時間も費やしていたのに。リリースのたびにドキドキして、ユーザーの反応を気にして、眠れない夜もあったのに。それでも「ちょっと」と言い続けていました。 この記事は、その口癖に気づいて、手放すまでの話です。個人開発を「趣味」「副業」「サイドプロジェクト」と呼び続けることに、どんな意味があったのか。そして、正直な名前をつけることが、なぜこんなにも怖かったのか。同じような習慣を持っている人に届いたらいいなと思いながら書きます。
気づいたのは、ある飲み会の席でのことでした。
「Lilyって何か作ってるんだっけ?」と聞かれて、またいつもの言葉が出ました。「うん、まあ、ちょっとだけね」。そう言いながら、内心ではここ三ヶ月ほぼ毎晩そのプロダクトのことを考えていたし、先週ようやくリリースできたばかりだということを思っていました。
でもその事実は言いませんでした。なぜかというと、「大げさに聞こえそう」だったから。
これが最初の気づきでした。Lilyは「自分のプロダクトを大事に思っている」という事実を、他人に知られることを避けていたのです。万が一うまくいかなかったとき、「大事にしてたのに失敗した人」になるのが怖かった。だから最初から「ちょっとやってるだけ」と予防線を張っていました。
「趣味です」「副業でちょっと」「サイドプロジェクトなんで」——これらの言葉には、共通の機能があります。それは、失敗の衝撃を和らげるクッションです。
本気でやって失敗したら傷つく。でも趣味なら失敗しても「まあ趣味だし」と言えます。副業なら「本業が忙しくなったから」と言い訳できます。サイドプロジェクトなら「いつでも止められるから」と逃げ道を確保できます。
Lilyはずっと、プロダクトではなく自分の感情を守るために、小さな言葉を選んでいました。
それから半年ほど、ちょっとずつ矛盾を感じ始めました。
「趣味です」と言いながら、ユーザーから「もっとこういう機能が欲しい」とフィードバックをもらうたびに本気で悩んでいました。「副業でちょっと」と言いながら、毎月の数字を何度も見直して、なぜ伸びないのかを真剣に考えていました。「サイドプロジェクトなんで」と言いながら、似たようなサービスの動向を追って、焦りを感じていました。
ある日、別の個人開発者のnoteを読みました。その人は、自分のプロダクトを「私の事業です」と書いていました。収益はまだ月数万円。でも「事業」と呼んでいた。
最初は「大げさだな」と思いました。でも読み進めるうちに、その人の考え方や意思決定の話が出てきて——ユーザーのことを真剣に考える姿勢、失敗からの立て直し方、長期的な視点——全部が腑に落ちました。
「事業」と呼ぶから、事業主としての判断ができる。「趣味」と呼んでいる限り、趣味人としての思考から抜け出せない。Lilyはそのとき初めて、言葉が思考を作るということを体感しました。
「じゃあ自分も正直に呼ぼう」と思ったとき、すぐに壁にぶつかりました。
「事業です」と言うには、まだ小さすぎる気がしました。「本気でやっています」と言うには、実績が足りない気がしました。「起業しました」なんて絶対に言えない。では何と呼べばいいのか。
考えていくうちに、気づきました。Lilyが怖かったのは、言葉そのものではありませんでした。怖かったのは、その言葉に見合う人間でなかった場合の、他人の目線でした。
「本気でやってます」と言ったあと、うまくいかなかったとき。周りから「あんなに言ってたのに」と思われるんじゃないか。「本気でやってた割には」と評価されるんじゃないか。
でも、冷静に考えると——誰もそこまで気にしていません。Lilyの小さなプロダクトの成否を追いかけて評価する人など、ほぼいないのです。恐れていたのは、実体のない幻の視線でした。
もうひとつ気づいたのは、正直な名前は、他人に向けて言うものではないということです。
自分に正直な言葉を使うこと。それが目的でした。「私はこのプロダクトを本気でやっている」と、まず自分自身に認めること。他人に証明するためではなく、自分の感覚をごまかすのをやめるために。
大きな宣言はしませんでした。SNSで「本日より事業として取り組みます!」とか、そういうことはしませんでした。
やったのは、ごく小さなことです。
まず、自分の作業メモの書き方を変えました。「今日のサイドプロジェクト作業」から「今日のプロダクト開発」に。誰も見ない個人のメモです。でも、言葉を変えるだけで、なんとなく背筋が伸びました。
次に、友人に聞かれたとき、「ちょっとやってるだけ」という言葉をやめてみました。かわりに「個人でサービスを作っています」と言いました。それだけです。大きなことは言っていない。でも「ちょっと」という言葉を抜いただけで、自分の中で何かが変わりました。
言葉を変えてから、不思議なことが起きました。
意思決定が少し楽になったのです。以前は「どうせ趣味だから」「副業だし深く考えなくていいか」と、重要な判断を先送りにしがちでした。でも「自分のプロダクトを本気でやっている」という前提に立つと、「ちゃんと考えなきゃ」という気持ちが自然と湧いてくるようになりました。
また、ユーザーへの向き合い方も変わりました。フィードバックをもらったとき、以前は「趣味だから完璧じゃなくていい」と半分逃げていました。今は「このプロダクトを使ってくれている人のために」という感覚が、少し強くなりました。
正直な名前をつけることは、誰かへの約束ではなく、自分自身への約束だとわかりました。
「本気でやっている」と自分に言い聞かせることで、怠けたくなったときに立ち返る場所ができます。「これは私の大切な仕事だ」と思うことで、投げ出したくなった夜に踏みとどまる理由ができます。
完璧な実績がなくても、大きな収益がなくても——「本気でやっている」という事実は、今この瞬間から本物です。それを認めることに、立派な肩書きは必要ありません。
Lilyも、まだ小さいプロダクトを作っています。まだまだ迷うことが多いし、うまくいかないことの方が多いです。「これ本当に続けていいのかな」と思う夜もあります。
でも、「ちょっとやってるだけ」は言わなくなりました。
「個人でサービスを作っています」と言えるようになりました。それだけで、いいと思っています。
自分のやっていることに正直な名前をつけることは、勇気がいります。でも、誰かに認めてもらうためじゃない。自分が自分のことを認めるために、言葉を変える。その小さな一歩が、思いのほか大きな変化をもたらすことがあります。
「ちょっと作ってるだけ」という言葉の裏に、本当はどんな気持ちが隠れているか——一度だけ、正直に向き合ってみてほしいなと思います。
Lily(@bokuwalily)― 個人開発者。AIと二人三脚で、iOSアプリやWebサービスを作っています